ハシェ、という人物は、俺達の仲間、だった。
ハーシェルシルキライトウィシュピオルフェルシェ、とかいう、
ふざけてんのかってくらい、長い名前で。勿論、本名を呼ぶ奴なんかいなかった。
いい奴だった、とても。
それは過去形だし、仲間だった、ていう所も、過去形だ。
世の中いつだって、いい奴から死んでいくものだ。
「あいつの、足跡があって」
ぽつりぽつりと、相棒は話を始めた。
「いつものように、仕事の下見と、調べものがあって。あそこへ入った」
妙な監視が付いていないか。こちらを覗こうとしている、怪しい影はないか。
あそこへ入ると、まず直近の動きを暫く確認するのは、俺も知っている、相棒の習慣、と言うか、最早癖のようなものだ。
偶然だったと思う、と相棒は言った。
ログを少し辿った所で、死んだはずの、ハシェのIDを見つけたのは。
少し前にも言ったが、
相棒は割と容赦がないし、冷たいし、飴か鞭かで言ったら確実に鞭だし、とにかく厳しい。
けれど。
けれど、普段は隠しているけれど、
どうしようもなく、身内のことは大事に想っていて。
それを、何かのバグだと、見過ごすことは。きっと、彼には、できなかったんだろう。
ハシェが、とっくに死んでいると、解っていても。
「それから、時間を見付けては、あそこに入って、捜すようになった」
「足跡」があるかないかは、その時その時で完全ランダム、まちまちだったらしい。
けれども、記録上ではインしているはずの、その人物に会えたことは、一度も無くて。
でも、諦めることもできなくて。
やたらと頻繁に入っているから、ユーズさんが訝しんで、それで声を掛けられた、と。
「気を付けろ、とは言われてたんだ。…悪かった」
「そら、そうだな。それは心配する。ってか、ユーズさんには理由言ったんだろ?何て?」
「『よう分からんけど、あんま深入りすんな』って。それだけ」
うわー、丸投げもいい所だよ。
とは、勿論言わなかったが。俺は、だんだん理解し始めた。理解し始めて、苦笑する。
あの人が、何で「俺に」迎えに行かせたがったのか。
そして、今ここで自分が言っておくべきことも、何となく解る。
「なあ、ブラス」
それを言うのは、確かに俺の役目だと、思うので。
「ハシェは、死んだだろ。もういないんだよ」
子供に言い聞かせるように、宥めるように、
普段なら「舐めてんのか」の一言でも飛んできそうなくらい、優しさマシマシの声で、
けれどはっきりと、相棒の目を見て、そう言えば。
少し長めの前髪に隠れた、相棒の性格を表しているようで俺は密かに気に入っている、
冷たさと、静けさを湛えた深い青色の瞳が、また僅かにさざめいて。
さっき襲う前にも見た、悔しそうな、悲しそうな。
諸々の感情が綯い交ぜになったような、何とも言い難い表情を、一瞬して。
けれど、
ふっと表情が緩んだかと思うと、顔を片手で覆って、
きっと、相棒の胸の中で溢れているんだろう、色々な気持ちに蓋をするように、堪えるように、きゅっと目を瞑って。
そして、そう長くはない時間を置いてから、「そうだな」と頷いた。
その是には、苦しさと言うか、迷いがまだ残っているように聞こえたけど、
何処かほっとしたような、そんな気配も確かに、含まれていたように思うので。
俺はようやく、本当にやっと、相棒がこちらに戻ってきたように感じて、落ち着いた。
うん、いつもの、この感じ。
「で、さ。ブラス」
「うん?」
「多分だけど。お前は、また迷子になると思う、多分。多分な?可能性の話な?」
何となく、相棒が不機嫌モードになりつつあるのを察して、
ちょ、待て、最後まで聞けって、と手を挙げる。
そりゃあ、相棒からしたら、気持ち的にすげーモヤモヤしてる所を、更にお前はこの先も同じヘマを繰り返すから、とか、勝手に言われたら、しかも俺に言われたら、「はぁ?」ってなるのは、解る。
けれども、だ。もう一つ、これは言っておかないといけない。
今後の、俺と相棒のハッピーライフの為にも。
「だからな?もし、もしも、またあそこで迷子になっても、俺が見付けに行くから。
そのことで、お前は一切謝らなくていいし、落ち込まなくていいし、気にしなくていい。
もしどーしても気になるなら、俺のコレクションがそっと増えてても、
黙って見逃してくれると嬉しいかな、イヤすごい嬉しいなーって、そんくらい」
な?
一気に言い切って、相棒に伺いを立てるように、上目遣いで同意を求めると。
相棒は「呆気に取られてます」感丸出しの、これまた普段からすれば珍しい表情を顔に貼り付けていて、
きっと俺の言葉を、単なる文字の羅列として一旦認識して、適切な文章に変換して、それを最初から読み直して、咀嚼して、理解して、そしてようやく、最後まで来ましたって辺りで、我に返ったらしい。
「最後のは却下な」
「何でだよ」
余りにと言ったら余りに予想通りの答えで、お互い噴き出した。
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やっと、あと一回くらいで終われそう(笑