結局、数時間もかかった道草の理由なんて、思い付くハズもなく。

 

怪我して動けなかった、なんて言ったら余計な心配を掛けるし、ラボに連れ込まれそうだし、

つい蒐集に夢中になって、なんて言った日には、社会的に抹殺されるか、

最悪、物理的に殺される。

きな臭い情報を偶然見つけて、それを確かめていたら思った以上に時間を食ってしまった、

とかいう理由も考えたけれど、

それなら予め連絡入れろよ、と自分でも思うし、その余裕が無かった、とか言おうものなら、「何それ、詳しく」って根掘り葉掘り訊かれそうだし。

そうなったら、ボロが出るのなんて時間の問題だ。

 

相棒のことを考えると、内緒にしておきたい気持ちはあるけれど、

素直に吐いた方が良いだろうなぁ、なんて。

重たい気持ちを引きずりながら、俺はお家に帰ってきました。

 

「お、ヒー助。今帰りか」

 

後ろめたさから、何となく足音を忍ばせて自室への廊下を歩いていると、

今、一番遭遇したくない先輩が偶然(だと思いたい)部屋から出てきて、ばったり。

内心、うわー…とがっくり肩を落としながら、何とか返事を返した。

 

「はい…。えっと、その」

「お疲れさん。ユーズに振り回されてたんだって?災難だったな」

「、え」

「疲れただろ。兄貴にも明日でいいって言われたから、今夜は休んどけ。その代わり、明日一緒に兄貴ん所行くぞ。その方が手間も省けるし」

「あ、えと、はい。あざっス」

「9:00くらいに部屋寄るわ。じゃあ明日なー」

 

ひらひらと手を振るジンさんに、曖昧に応えて、俺はそそくさとその場を後にした。

どうやら、俺の悩みは杞憂に終わったらしい。根回しの早さは、流石としか言いようがない。

有難い気持ちはあるけれど、一人悪者にしてしまったことを、申し訳なくも思う。

もっとも、「振り回した」とか、そんな至極適当な理由で先輩方を納得させられるのは、身内でもごく一部の人達だけであって。当然、それで納得されるくらいの、それなりに華々しい前科をお持ちな訳で。

先輩方は勿論、俺自身も、その前科に巻き込まれたことは、一度や二度じゃない訳で。

…うん。言いたいことは、ままあるけれど、とりあえず、今回は本当に助かった。

 

気を取り直して、俺と相棒の相部屋へ入ると、相棒と例の前科者が待っていた。

 

「ユーズさん、色々あざっす」

『ラストにえらい怒られたわ。ジンは笑っとったけど』

 

根回しの件も含めて頭を下げると、ユーズさんは実に愉快そうに笑った。

ボスにえらい怒られても笑い飛ばす辺り、この人本当に頭のネジぶっ飛んでるな、と思う。

あと、ジンさんはどっちかと言うと、貴方のお仲間なんで。あの人も前科者なんで。

内心ツッコミを入れるけれども、そんな諸々も含めて、

この人のこういう所は、とても居心地が良くて、頼りになる。

 

「で、どんな言い訳したんですか?」

『渋るヒー助に、二十分でええから一軒付き合うてって頼んで、

宥めて、賺して、絆して、脅して、拉致して、ほんで最近出来たボックス行ったら、

ガラの悪い連中に絡まれて、喧嘩になって、楽しくなって、

ついついそのまま遊んでもうた、って言うといたわ』

「最後の方は置いといて、割とテンプレっすね」

『やろ?俺もそこ気になってん。やから、一応新しめのボックス一個潰しといたわ』

「ウワー、コノヒトコワイ」

『ちなみに、お前は不意を突かれて連中に捕まって、COS1打ち込まれて、しばらく囚われのお姫様状態になってたっちゅう設定やからな』

 

何だ、それ。

無駄に細かくて笑ってしまう。あ、でも、そうか。

 

「成る程。だから途中で、俺だけ逃がすとかはできなかった、と」

『そーゆーコト。それ言うたらもう、ラストがブチ切れてな。ホンマおもろかったわ』

「…すみませんでした。俺の所為で」

 

そこでようやく、

部屋の奥に備え付けの、二段ベッドの下に腰掛けている相棒が、口を開いた。

項垂れているので表情は見えないが、多分、激しく自己嫌悪しているんだろう。

責任感の塊のような、クソが付く程に真面目で、お堅い奴なのだ、彼は。

他人に対してもそうだけれど、自分の失敗には、殊更に厳しい。

 

『ええって。俺はなんも気にしとらんで。

それより、迎えに来てくれたんはヒー助やろ。まずはコイツにお礼言いんさい』

「…ありがとう、ヒド」

「いいって。確かに、探してる間は気が気じゃなかったけど」

 

相棒からの感謝の言葉に慣れていない俺は、一瞬思考停止して、

割とすぐに「ああ、今の俺に言ったのか」と理解したけれど、

何となく気恥ずかしいのと、照れ臭いのと、

恐る恐る視線を合わせようとして、失敗している相棒に顔を上げて欲しくて、

もう何でもない、と茶化すように、そう言った。

 

「それより、さっきのやつ。大丈夫なのか」

「ああ。ユーズさんに診てもらった」

『一通りチェックしたけど、テンペレートの心配は無さそうやね。

ただ、無意識にふらふらしとったってのは、問題やけど』

 

言われて、相棒は力無く、小さく頷く。

そう言えば、と俺は先程、訊き損ねたことを訊いてみることにした。

 

「お前さ、入ったのは憶えてるって言ってたよな。

あの場所に居た理由はよく解らんけど、そもそも、何処に行くつもりだったんだ?」

 

何のことはない、単純な疑問だ。

俺自身、あそこにはオンで入ることが多いけれど、オフでもたまに入るし、相棒も出入りしているのは知っている。何なら、オンに限って言えば、相棒の方が入る頻度はずっと高い。

だから、真面目な相棒のことだから、次の仕事のための下調べでもしてたんだろう、とか、

今日は一日オフだった筈だから、行きつけのボックスへ音楽でも探しに行ったのかな、とか。

そんな風に考えていたのだけれど、

 

訊いた途端、前髪の奥に隠れた、深い青色の瞳が揺れたような気がして。

膝の上にある、トレードマークの黒帽子をぎゅっ、と握り締めて、口元を引き結んで、

一瞬…ほんの一瞬だけ、

悔しそうな、悲しそうな、何とも言えない表情をしてから、

じりじりと目線を下げて、とうとう俯いて、黙り込んでしまった。

 

俺はと言えば。

普段からすると考えられないような相棒の様子に、

これは相棒に似せて精巧に作られた、別人なんじゃないか、とか。

やっぱりハッキングされていて、本当の中身は眠らされているんじゃないか、とか。

その辺りの線を本気で疑い始めるくらいには、動揺していた。

 

 

だから、

俺はそれ以上、何も言わず、何も言わせず。

突然の行動に、またもや驚愕の二文字が貼り付いた顔には目もくれず、

素早く相棒の項にある、接続ポートをこじ開けて、

抵抗する腕を押さえ付けて、俺自身の神経コードを接続しようとした。

 

それくらいは、許して欲しい。

 

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どんどん長くなってくな、これ(笑