あれ以来、相棒のブラスには迷子癖がついた。
ブラスは仲間内から見ても真面目な奴で、
誠実で、責任感があって、いつも冷静で、そして厳しい。
自分にも他人にも。
そして、表面上ではそんな素振りはちっとも見えないけれど、見せないようにしているけれど、
仲間のことは、とても大事に想っている。
ラムさんは天使って揶揄されるくらい甘くて優しいから、そういう気持ちは全員にバレてるし、
ジンさんは公言してるし実際甘いけど、あの人はきちんと一線が引ける人だ。
ボスはそういうのを見せないし言わないけど、大事にされてるのは解る。
俺はどっちかと言えば、ジンさん寄りで。
相棒はボス寄りなんだと思う。
根は優しいのだ。優しいから、いざそういう局面に陥った時、
相手に更に追い打ちをかけないように。
相手の気持ちを、最期まで裏切らないように。
ああ、あんなに優しいお前が、俺を殺すなんて。…なんて、間違っても思われないように。
ああ、そうだ。お前はいつも、氷のように冷たいものな。
そう言って諦めてくれることを、願わくば、罵倒の一つでもくれることを、願っているんだと、
俺は勝手に想像している。
一種の自己防衛なんだろうな、というのは、ジンさんの言。
俺も同意だ。
きっと、優しい相棒にとっては、
「お前がそんな奴だなんて思わなかった」
ていう言葉が、一番怖いのかもしれない。
勿論、仲間内でそんなことを言う奴はいないと思うし、
そんなことを言う奴がいたら、たとえ仲間であっても、俺が横から殺すけど。
ジンさんも俺も、そこんとこには躊躇いが無い。全く。
他研の奴には、よくドン引きされるけど。うん、まあ。良くも悪くも、二研製、ってヤツだ。
話が逸れたけど、とりあえず、
相棒のブラスは、厳しいけど、厳しくて、ほんと厳しい奴なんだけども、
実はとてもとても仲間想いで、優しい。
だから、初めて迷子になった時。きっと訊かれたくないんだろうな、と察しつつ、でもそんなの関係ねぇ!と空気を読むつもりも全くない俺は、迷子になっていた理由を訊きました。
「で、何でこんな所に居たんだよ」
「いや、それが…憶えてない」
はい?
そのまんま声に出すと、相棒はログを辿っているのか、呼び出したウィンドウをしきりに上から下へと眺めている。その顔には、明らかな困惑。
「入ったことは憶えてるんだが……
どうやってここまで来たのか、何でここに居るのか、解らない」
おいおい、マジか。相棒の隣からひょいと首を伸ばして、ウィンドウを眺める。
位置情報、行動記録。座標と時間を記した、数字と記号が羅列した平坦なログが続いている。座標を脳内で地図上にマッピングしていく。確かに、特に目的もなく、単にふらふらしている、と表現するのが正しいような、そんな行動をとっていたらしい。
「…ハックされた?」
「いや、形跡は無い…が」
「上書きされた可能性は?」
「無いとは言い切れないな」
「テンペレートかもしれないだろ。うわ、気持ち悪。早くこんな所出ようぜ。
そんで、ユーズさんに訊こう」
「そうだな」
存外素直に頷いた相棒の腕を掴んで、近くの適当なポートに駆け込んで、接続を切る。
途端に、地響きのような轟音が聞こえて、目を開けた。
視界は暗い。もぞもぞと狭い空間から這い出すと、遥か上の方に非常灯の赤い光が見えた。
ユーズさんに言われて、形振り構わずに飛び込んだ近場のポートは、
ガガガガ、ドドドド、と喧しい、建設作業中の工事現場、の地下。
不法侵入もいい所だな、と苦笑して、相棒に通信を飛ばす。
『今どこ?』
『お前の物置』
『なんだ、家かよ』
『お前は何で建設現場に居るんだ』
『逆探知早すぎィ!』
今日の作業場からは離れているようで、幸い人の気配は近くに無かった。
適当な足場(になりそうなもの)を適当に拝借しつつ、ひょいひょいと登る。
夜なのと、アナログな現場で助かった。関係者以外立入禁止、のテープを潜って、何事も無かったかのように歩道へ出る。小雨が降っていた。
見計らったかのようなタイミングで(実際見計っていたんだと思う)、ユーズさんから通信が入る。
『お疲れさん。無事やったか』
『何とか。…さっきはすいませんでした。八つ当たりしちゃって』
『ええよ、俺もそう言われるやろなーとは思ったし』
『で、お願いがあるんすけど』
『ブラスのことやんな?向こうさんからも呼び出されて、今対応中』
『あ、そっすか。俺もこれからそっち帰るんで』
『おう、待っとるでー』
さて、と。ひとまずの心配事は消えた。
そこでようやく、任務完了の連絡を入れた時、「悪いけど、なるべく早めに戻って報告してくれるか」と言っていた先輩の言葉を思い出す。俺が今回手に入れた情報を吟味してから上に報告したい、と。
実は仕事帰りなのだ。
赤信号で立ち止まり、うーんと伸びをしてから、大きく息を吐いた。
連絡してから、四時間半は過ぎている。今回の仕事先は、片道三十分もかからない場所だ。
どうすっかな、と独り言ちる。信号が青になって、雨が少し強くなってきたのもあって、俺はパタパタと足早に横断歩道を渡った。
道草の理由を考えなければ。
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割と続くなぁこれ。