なんとなく書きたくなったのでいきなりワンシーンのメモ。↓

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自分のそれより重い足音が背後から近付いてきて、右隣で停まった。

「隣、いいか」

重たい足音に相応しい図体のでかい身体を少し屈めて、上司が赤い単眼を向けてくる。
俺は少しだけ首を捻って左の掌に載せていた頭をそちらへ向けて、

「ああ、どうぞ」

と短く応えた。
よっこらせ、と上司が隣に腰を下ろす。相変わらずキチンと制服を着ているのに、地べたに座って汚れてもいいのだろうか、とどうでもいい心配をした。すぐに忘れたが。

「お前はいつもここに座っているな」
「まあ、気に入ってるからな」

少し得意げに答える。自慢できるのはいいものだ。
ここからだと、街全体が見渡せる。
既に陽は落ちて辺りは暗闇に覆われているが、街では煌々と灯りがついている。その灯りの中で、人々が暮らしている。

「理由を訊いていいか?」
「気になるのか?」
「そうだな、気になる」
「相変わらずつまらねーこと気にしてンのな」

そうだろうか、と上司は首を傾げた。
そうだろうよ、と笑ってやった。

「街が見えんだろ」
「ああ、見える」
「明るいだろ」
「ああ、明るいな」
「そン中に、街の人らがいるだろ」
「ああ、いるな」
「だからだよ」
「、ん?」

そこで終わりか?とでも言いそうな顔で、上司がまた首を傾げた。
それを満足しきった顔で一度見て、また視線を街へと戻す。

「それが理由」
「今の説明だと、街が明るくて人がいるのが見える、というのが回答になるわけだが」
「ああ、そうだよ」
「当たり前のことじゃないのか」
「そうだな」

当たり前のことだ。
だが、少し前までは当たり前ではなかった。
人々は夜も昼も怯えていた。

「それがいいんだ」

自分達がそれを変えた。
自画自賛するつもりはないが、今眺めているこの光景を作るために貢献したのは事実だ。
功労者の一人として、次第に活気づいてゆく街を見渡しながら自己満足に耽っても、バチは当たらないだろう。
そう思いながら、バチってなんだよ、と自分で苦笑した。

「そうか」

少し考えた後、上司は小さく頷いた。
気付かれないように、その横顔をちらりと窺う。視線は前、口は閉じたまま。それ以外の顔のパーツは無いし、表情筋もへったくれも無い奴だから、あまり意味のある行為ではない。
けど、この上司との付き合いは長い。

わかるような気がするのだ。彼の気持ちが。考えていることが。
まあ、気がするだけだが。
そんなことを考えている内に、上司の顔がまたこちらを向いた。

「お前は、この街が好きなんだな」
「ああ」

迷いなく、そう答えた。
笑うこともできない口を少しだけ開いて、そうか、と上司はもう一度頷いた。
そして二人揃って沈黙した。
馬鹿みたいに、大の男(自分はチビだが)が二人揃って並んで、しかも黙りこくって座っている。
笑えた。どうしようもなく。

「どうした?」
「どうした、じゃねぇよ」

この調子だ。
けれども、この調子が心地良いのだ。少なくとも、自分には。
一瞬、懐かしさが込み上げる。

「ッたく、相変わらず真面目なヤロー」
「なんでそういう結論になるんだ」
「安心しろって。ノンゼロも好きだよ、俺は」

この上司はまばたきもできないが、明らかに今の反応は「目をぱちくり」させていたと思う。もしも、この上司に瞼があったらの話。
そんなだから、とびっきりの笑顔をくれてやった。
もっとも、俺も顔の半分は動かないから、歯を見せて笑ってやっただけだけど。

「ちゃんと戻るから安心してくれよ、ボス」
「……お前は、」

相変わらず優しい野郎だな、だとさ。
そりゃあこっちの台詞だろっての。
そう言ってやったら、今度は二人揃って声を立てて笑った。


いつかきっと、そのうちに。
ノンゼロの街を眺めながら、酒でも飲むかと約束した。
楽しみだ。なんたって、上司の奢りだからな。

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遠方へ派遣に出ている古参の部下と、その上司であり親友な二人の会話。
上司は早く戻ってきて欲しいけど、部下はまだやり残してることがあるからとなかなか戻ってこない。
部下の意志を大切にしたいと思いつつ、でもやっぱり早く戻ってきて欲しいなぁと待っている上司。上司の気持ちを知っていて早く戻ってやりたいと思いつつ、けれど中途半端な形で派遣先を離れたくないと思っている部下。

部下に「戻れなくてすまない」と謝らせない上司の優しさ。
上司に「いつ戻ってくるんだ」と訊かせない部下の優しさ。

…を書こうと思ったんだけど、別のシーン考えてた時に部下思いっきり謝ってたわ。\オワタ/