外は雨が降っているらしい。
厄介だなと内心思いつつ、慣れた動作で鞄を肩に掛け、席を立った。
室内には、放課後独特の緩い空気が漂っている。残っている生徒はまばらだ。

「あ!ねぇ、ちょっと待って」

呼び掛けに顔を向けると、やはり自分に向けられた言葉だったらしい。相手はこっちこっち、と手を軽く振っている。残っている数少ない生徒の一人だ。教室の真中後方の席の奴で、まだ座っている。その隣にもう一人、男が座っていた。小中学の同級生だ。
どうしたよ、と応じつつ近くへ行くと、机の上にはまだ教科書とノートが開かれたままだった。統計学をやっているのだろうか、エクセルのような表とグラフが描いてある。

「ちょっと教えて欲しいんだけどー…、このicoasって、なに?あと、TIF(ティフ、と呼んだ)っていうのも教えて欲しいんだけど」

前者はさておき後者を聞いて、一瞬固まった。自分の研究内容に出てくるものだったからだ。
だが、おそらく彼の言っているティフ、は違うものだろう。ティフ、TIF…英字に変換されて、ようやく思い当った。なるほど、関数のTIF(そんなものが実在するのかどうか知らないがとりあえずこの世界ではTIFという関数があるらしい)のことか。しかしそれは知らないなぁー……(統計できないし

「悪いけど、どっちも分からないな。ごめん」

素直にそう答えると、「そっかー、ありがと」と向こうも申し訳なさそうにした。
すると、その横のクラスメイトが鋭い視線を寄越してきた。

「…なんだ。分かんねーのかよ」
「ああ、分からないが。悪かったね」
「使えねえ奴」
「なら、君は教えてくれるのかい?icoas、って関数は一体何なんだ?」
「知らねえよ」
「君も知らないならそういう態度をするべきではないと思うけどね」

くる、と踵を返して教室を後にすると、背中に舌打ちが飛んできた。殊勝なことだ。
廊下へ出ると、すぐに先輩のSさんが駆け寄ってきた。そうだ、彼女とこの後約束があった。

「もう終わったんですか?」
「まだ。もうイヤ~~」
「雨ですしね~。嫌んなっちゃいますね」

他愛のない話をしながら廊下を歩いていると、いつの間にか女子の級友達も混じって結構な人数でペチャクチャと話していた。やや暗い廊下の奥、木目の床に、壁に鏡とステンレスの水流し場。中学校の風景だ。
そんなことをしていると、廊下の向こうからさっきのやりとりをした級友の男(確か名前はYだった)がズカズカと大股にやってくるのが見えた。

なんだまだ文句があんのか、と睨んでやると、Yは両手にコーヒーフィルターをそれぞれ一枚ずつ持っていて、一枚に「LO」、もう一枚に「VE」と黒いサインペンで書いてあった。
それをくっつけて見せた(すなわち「LOVE」だ)後、ぱっと離して見せた(つまり、ハートが真ん中で割れて「LOVE」がなくなる、ということを表現したかったらしい)。

「お前とはこういうことだ」

・・・・・・・・・・・・・・・。

(そんな下らない芸をしにわざわざ来たのかとか公衆の面前で恥ずかしくないのかとか第一付き合ってもいないしそもそもお前のことを好きになったことは過去に一度もないしきっとこの先もないだろうしっていうかお前が今どこで何をやっているのか全く知らないし別に興味も湧かないから教えてくれなくていいそもそもお前生きてんの?っつーレベルなんだがだからそんなお前にこんなことをされても痛くも痒くもないわけでだが一つだけとてつもなく腹の立つことがある非常に腹立たしいだからこれだけはどうしてもどうあっても言わずにはいられない、、、)

Yは既にこちらに背を向け、来た道を引き返し始めている。
自分は怒りのあまりに震える手で、奴が立っていた床に残されたコーヒーフィルター(×2)を拾い上げると、Yの背中に向かって思い切り叫んだ。

「手ン前ぇえ、コーヒーフィルターを無駄にしてんじゃねぇぇぇぇええええよッッッ!!!!!!」

そう言った途端、周囲の女の子達が爆笑した。なんでだ。自分はそこだけ大真面目だ。
(Y、お前には解らないだろう。コーヒーフィルターがどんなに大事か。このフィルターはな、兄上様が買ってきてくださったものなんだ。前に後輩のお嬢ちゃんが買ってきてくれたコーヒーの粉はエスプレッソ用で、その所為なのか定かじゃあないがお部屋にあったフィルターだと濾せなくてコーヒーメーカーにかけたらカルデラ湖状態になったんだ。だから兄上様が別のフィルターをわざわざ買ってきてくださったんだ。この前KALDIに買いに行った時にフィルターの値段を見たら100枚入りで250円くらいだったんだ、そんくらいで高いと思っちまう自分もほとほと貧乏性だと自分でも思うがそれだけの価値あるもので無くなると困るものなんだ、
そ れ を お 前 は 二 枚 も 無 駄 に し た ! ! ! !

解ったよく解った、自分とお前との関係は友人としても終了だ。それはよくよく解った)

「(水性ペンじゃないから使っても……イヤイヤ油性でも流石に無理だろうそれは)」

使えなくなったコーヒーフィルター(×2)をまざまざと眺めつつ、そういえば友人としての関係を解消するに当たってどこまでを許容するのか、もう二度と話し掛けない方がいいのか振られたら答える程度の関係を(とりあえず顔を合わせる期間が続く間)維持するのかどうか後で訊きに行こうと思った。


Yとのやりとりが終わり、再びSさんと一緒に昇降口へ。
そこまでではないがやはり雨が降っている。(たぶん)部活の後輩達と挨拶を交わしながら、下駄箱から靴を取り出して履き替えた。
何とはなしに入口を振り返ると、三人の女子(同級生だが後輩ということになっているらしい)が空を見上げて浮かない顔をしている。どうやら雨具を忘れたらしい。
確か予備があった、と下駄箱を漁ると傘がもう一本あったので(物理的におかしい)、「これ使っていいよ」と差し出すと、「カッパがいいです」と却下された。あ、そう。

そんな訳でSさんと学校を出て、すぐ近くのガラス張りの建物に入った。
入ってすぐにエレベータがあり、その奥がレストランになっている。予約しておいたのだ。
そのレストランへ行こうとすると、エレベータの前に後輩の女の子が一人、立っているのが目に入った。高校時の後輩がベースのようだが…微妙に違っているような気もする。名前は、…大丈夫。まだ思い出せている。

「どこ行くの?」
「あ、先輩。6階で何か食べようかな、って…」
「お、それなら一緒に食べない?これから奥で食べようと思ってるんだけど」
「え、いいんですか?」

ということになり、三人でレストランに入った。
座席は空いてる所にご自由にどうぞ、と言われたので、ちょっと悩んでから入口に程近い、ソファが三つ(茶色が二つ、白が一つ)置いてあるテーブルにした。
Sさんが店の人となにやらやりとりをしている間に、テーブルには早くもメイン料理が運ばれてくる。やけにでかいがやけに薄いチーズハンバーグが二つ、自分には具だくさんの野菜スープ的な料理が出された。肉があまり好きではないから、これは嬉しい。
Sさんはまだまだ注文する気満々のようだが(というか既にしている)、正直既にかなりのお値段がいっているのでは…と心配しつつ、財布の中身を思い出しながらまぁ今は少しばかり余裕があるし、偶の贅沢だと思って今日は奮発しようか…などと思いながら、野菜スープを啜った。

温かくて、見た目通り美味かった。


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っていう、夢オチですよ。念の為。
久し振りに、やけに細部を憶えてる夢でしたね。icoas、TIF、LOVE、6階、ソファとか。こういうのって意味あるのかなー。
しかし勝手に夢の中で悪者にしているYには誠に申し訳ない…本当に何なんだ夢って…。

小学・中学・高校・大学と、あらゆる時代の友人知人が年齢ごちゃ混ぜになって出て来ました。とりあえず設定は高校に在学中。でも校舎は中学。
自分も高校生になってるけど、現在の自分がそのまま高校生に戻ったみたいな感じで、現在やってる研究やお部屋で起きたことなども知っている様子(だからフィルターにブチ切れた)。
あと、高校時代にレストランで食事なんて贅沢をしたことはありません。スタバすら入ったことなかった…

夢の欠片2でメモを大量に放出したばかりですが、また既に溜まり始めています。
これじゃまるで夢日記だな…楽しいからいいけど。