夜の雪山を、バスが緩やかに滑り落ちていく。
夜更けだというのに、周囲の風景はよく見えた。満天の星空の光と、それを反射する雪のためだろう。
滑り落ちていく斜面はゲレンデのように遮蔽物がなく、周りを針葉樹の森が囲んでいる。
夜空からは雪がちらほらと舞っている。
静かだ。

バスの窓から見る景色は、嫌いではなかった。
スキーは嫌いだが、いつかナイターをやりたいとは思ったものだ。夜の雪山は静かでいい。昼間のように、あちこちからやたらと騒がしい雑音を流さない。
バスの所々から漏れる悲鳴も大分収まった。諦めを悟ったのだろうか。
外も静かだ。
なるべく、この静けさに身を寄せていたい。

どうすれば一番衝撃を受けなくて済むだろうかと思案し、結局座席に寝転がるような形になった。
こんな時でも死ぬか死なないか、
死にたいのか死にたくないのか、
頭の中でそんな議論をしている自分の卑しさに、思わず自重の笑みがこぼれた。

どうせ死ぬなら、なるべく楽に死にたいものだ。
なるべく痛みを感じない姿勢を選んだのだと、自分に言い訳をしておいた。これなら、少なくとも身体の一部が肉ごと外れるということはないだろう。
無駄な足掻きだな、と今度は小さく声を立てて笑った。


もうじきにでかい棺桶になるであろうバスの中で、

床下のタイヤが上げる金切り声を聴きながら、

寒くなってきた車内の空気に僅かに身じろぎをして、

そっと、目を閉じた。


*****


こんな時でも、夢を見るものだ。

重たそうな雲の広がる夜空からは、相変わらず深々と雪が降り続けている。止む気配はない。
静かだ。
自分は雪山を見下ろしていた。
さっきまでバスが滑り落ちていたゲレンデを眺めている。否。バスは今も落ち続けていた。
自分と、十何人かの乗客と、運転手を乗せて。
遠ざかっていくバスをただ眺めていた。
やがてバスは小さくなり、白い地面の向こうへ消えた。

何の感情も沸き起こってこない。
不意に眩しさを感じて目を上げる。付近の雪山が、まるで電飾を施されたクリスマスツリーのように煌々と光っていた。目を傷めるような棘のある色でなく、全てを包み込むような優しい色だ。
自然と身体が宙に浮き、淡く七色に光る白い山並みの方へと移動していった。
暗い夜空とのコントラストが眩しい。

身体は光る山々のうちのひとつへと降りて行き、何層にも積み上げられた岩壁の隙間へ入っていく。
岩には一つひとつ奇妙な文字のようなものが書かれてあり、それらはぼんやりと白く光っていた。
読むことはできない。知らない文字だ。文字ですらないかもしれない。
ただ、触れてみた岩壁には優しさを感じた。
硬質で粗い肌触りとは裏腹に、それは奇妙に心地よかった。

ここが終着か。

岩に頭を凭れる。

何故だかわからないが、妙に納得できた。
何故だかわからないが、有り難かった。

そうか…



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久し振りの夢オチがこんなオチ。相変わらずよく死ぬなー自分(乾いた声
雪山の雰囲気がいい感じでした。確かにスキーは嫌いだがナイターは行きたいと思ってる。
あの雪山の静けさと、夜の暗さがええのですよ。何となく。

夢を見てた時は意識してなかったけど、これ読んでみると死亡→亡霊化→成仏→埋葬に見えるからアラ不思議。最後の岩壁とか、ほぼ墓に思える。
落ちてくバスを見てる時とか、幽霊ってこんな気分なのかな、とか考えてみたり。
傍観、という言葉が一番近い。自分の中は空っぽなのですよ。

そういうもんなのかもしれない。自分があちら側に回る時は。