見てはいけない夢、てのはあるんだろうか。
夢ってのは、こればかりは人の意志でどうこうなるもんじゃないし、見ちまったものは仕方ない、んでしょうが。
しかし、これは見たくなかった。
何と言うか、見てはいけない気がした。
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自分にしては珍しく、友人を制した。
制した、と言うよりは叱った、という方が正しい。ますます珍しいことだが。
声を潜めて、しかし自分ははっきりと叱った。
「それが一番単純で、解り易い。けど、たとえそうだとしても、それは決して口にしてはいけない言葉だ」
友人はまだ何か言いたそうだったが、場の雰囲気に合わせたのか口を噤んだ。
友人の方を見ないまま、二人の世話人に従って部屋へと入った。
部屋の一番奥にベッドがあり、一人の若い女性が眠っていた。
当然だが、初めて見る顔である。前に紹介だけは彼から聞いたが、直接会ったことは無い。
両目をぴったりと閉じ、微かに胸が上下動しているのが判った。
部屋が暗い所為か、どこか朧気な人だな、と感じた。
「手を、握ってもいいですか」
横の椅子に座った世話人に尋ねると、その人は黙って頷いた。
そっと、身体の脇に置かれていた右手をとった。
冷たかった。
まだ微かに体温は残っているようだったが、それも今にも消え失せてしまいそうだった。
冷たい手を握り締めて、願った。
そうすれば、失われていく体温を引き留められるんじゃないかと思えた。
心から願った。
どうか、この人の命が繫ぎ留められますように。
何故だか泣きそうになるのを堪えて、ひたすらに願った。
話したこともないけれど。
でも、貴女を失うと彼が悲しむんだ。
彼を悲しませないであげて欲しい。どうか、彼の隣に居てあげて。
静かに手を離した。
元の通りに、身体の脇にそっと添えた。
もう一度、うら若い花嫁の顔を見て、世話人の方に軽く頭を下げてから、ベッドの傍を離れた。入れ替わりに後ろの友人がベッドへ近付いた。
友人が小さく語り掛ける声を背中に、部屋を後にした。
暫く友人が部屋から出て来るのを待って、帰ろうと足を向けた時のことだった。
何かが、わかった。
取り戻せない何かが失われたことを。
何故わかったんだろう。
わからない。
でも、確かに喪われた。
それだけがわかった。
その場で膝をついた。
頭から頽れた。
力任せに床を叩いた。
涙を堪えることが出来なかった。
滑らかな肌の感触。
幽かな温度。
静かな呼気。
ついさっき、触れてきたもの。
ついさっきまで、確かにそこにあったもの。
あれだけ強く願ったのに。
この人を連れて行かないで、と願ったのに。
願うことしか出来ない自分の無力さに腹が立った。
襲われる喪失感の大きさに身体が震えた。
悲しかった。
ただ悲しかった。
悲しみの淵で、思い知った。
人が死ぬことは、こんなにも悲しいことなんだと。
話したことのない、会ったことすらない人間であっても、人の死はこれ程までに悲しみを呼び起こす。
どこの誰であれ、全く知らない人間でさえ。
自分と同じ人間の死は、こんなにも悲しいものなんだと。
思い知らされた。
夢ってのは、こればかりは人の意志でどうこうなるもんじゃないし、見ちまったものは仕方ない、んでしょうが。
しかし、これは見たくなかった。
何と言うか、見てはいけない気がした。
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自分にしては珍しく、友人を制した。
制した、と言うよりは叱った、という方が正しい。ますます珍しいことだが。
声を潜めて、しかし自分ははっきりと叱った。
「それが一番単純で、解り易い。けど、たとえそうだとしても、それは決して口にしてはいけない言葉だ」
友人はまだ何か言いたそうだったが、場の雰囲気に合わせたのか口を噤んだ。
友人の方を見ないまま、二人の世話人に従って部屋へと入った。
部屋の一番奥にベッドがあり、一人の若い女性が眠っていた。
当然だが、初めて見る顔である。前に紹介だけは彼から聞いたが、直接会ったことは無い。
両目をぴったりと閉じ、微かに胸が上下動しているのが判った。
部屋が暗い所為か、どこか朧気な人だな、と感じた。
「手を、握ってもいいですか」
横の椅子に座った世話人に尋ねると、その人は黙って頷いた。
そっと、身体の脇に置かれていた右手をとった。
冷たかった。
まだ微かに体温は残っているようだったが、それも今にも消え失せてしまいそうだった。
冷たい手を握り締めて、願った。
そうすれば、失われていく体温を引き留められるんじゃないかと思えた。
心から願った。
どうか、この人の命が繫ぎ留められますように。
何故だか泣きそうになるのを堪えて、ひたすらに願った。
話したこともないけれど。
でも、貴女を失うと彼が悲しむんだ。
彼を悲しませないであげて欲しい。どうか、彼の隣に居てあげて。
静かに手を離した。
元の通りに、身体の脇にそっと添えた。
もう一度、うら若い花嫁の顔を見て、世話人の方に軽く頭を下げてから、ベッドの傍を離れた。入れ替わりに後ろの友人がベッドへ近付いた。
友人が小さく語り掛ける声を背中に、部屋を後にした。
暫く友人が部屋から出て来るのを待って、帰ろうと足を向けた時のことだった。
何かが、わかった。
取り戻せない何かが失われたことを。
何故わかったんだろう。
わからない。
でも、確かに喪われた。
それだけがわかった。
その場で膝をついた。
頭から頽れた。
力任せに床を叩いた。
涙を堪えることが出来なかった。
滑らかな肌の感触。
幽かな温度。
静かな呼気。
ついさっき、触れてきたもの。
ついさっきまで、確かにそこにあったもの。
あれだけ強く願ったのに。
この人を連れて行かないで、と願ったのに。
願うことしか出来ない自分の無力さに腹が立った。
襲われる喪失感の大きさに身体が震えた。
悲しかった。
ただ悲しかった。
悲しみの淵で、思い知った。
人が死ぬことは、こんなにも悲しいことなんだと。
話したことのない、会ったことすらない人間であっても、人の死はこれ程までに悲しみを呼び起こす。
どこの誰であれ、全く知らない人間でさえ。
自分と同じ人間の死は、こんなにも悲しいものなんだと。
思い知らされた。