嵐が来た。
積み荷や人々が、荒れ狂う波に攫われてあっという間に船から引き離されていく。
操舵を握る女は、しっかり掴まってな、とこちらに向かって叫んだ。
水路からは急速に水が引いている。
船は大きく旋回し、細い水路へと勢い良く突っ込んだ。衝撃に耐える為、必死で柵にしがみついた。
こちらの水路も水は殆ど無いが、不思議と船は進んでいく。
鋼鉄とコンクリートが互いを激しく磨滅する音を引き摺りながら。
水路を抜けた先は、広大で穏やかな港だった。つい先程までの嵐が嘘のようだ。
湾の縁に沿って店が並んでいる。水上に突き出した軒下から、威勢の良い客引きの声が響く。
大分賑わっているようだ。
夢見心地のような気分で、暫くその光景をぼんやりと眺めていた。
つい先程まで、生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。緊張の糸が切れたのか、甲板に座り込んでなかなか動き出せずにいた。
助かった、のか。
息を吐こうとした所へ、記憶は容赦なく現実を突きつけて来る。
恐らくは、罪悪の意識から。
船の上から波に飲まれていく人々を見た。
絶望の中で、こちらに向かって手を伸ばしていた。
自分も必死で手を伸ばした。
人二人分の腕では到底届かない距離であったとしても。
そうせずには居られなかった。
様々な思いに打ち拉がれながら、漸く立ち上がることができた。
客引きの声に引かれるままに、一軒の店の軒下へと小舟を寄せた。小料理店のようだ。
先客が数人、小狭な店内で食事をとっている。
とても食事をする気にはなれなかった。
恐らくは憔悴しきっているであろう自分の顔を見て、店主と思しきカウンターの奥の中年女性は怪訝な表情を浮かべた。
―――ここは随分凪いでいるようだが。
そんな風にして嵐のことを切り出すと、店主も客も揃って顔を見合わせた。
そして笑い飛ばした。
―――嵐なんざ、きちゃいないよ。夢でも見たんだろ?
、
?
空白。
疑念。不一致。困惑。
辿る傍から記憶が疑念で覆われていく。
嵐は来なかった?
そんな筈はない。
しかし、こうもはっきり言われると判らない。
夢だった?嵐も?失った人々も?
いや、確かに彼等は消えた。
しかし元々居なかった?
存在すらしていなかったのかも知れない。
自分が長い長い悪夢を観ていただけなのかも。
そんなことが有り得るか?
可能性は否定出来ない。
どうして何もかもはっきり言えないんだろう。
必死に柵にしがみついていたことさえ、もはや朧な記憶でしかない。
だって、この港は恐ろしい程に凪いでいる。
-----
結構前に観た夢オチ。結末が以前読んだ小説に似てるから、多分そこからの連想なんだろうな。
森博嗣氏のシリーズ、多分あの中の『τになるまで待って』だ。
ナチュラルにネタバレしてしまうけど、嵐のように思わせてたけど実際には嵐なんて来なかった、というオチ。あのオチをそのまんま当て嵌めたような内容だった…。あれには騙されたからなぁ。
積み荷や人々が、荒れ狂う波に攫われてあっという間に船から引き離されていく。
操舵を握る女は、しっかり掴まってな、とこちらに向かって叫んだ。
水路からは急速に水が引いている。
船は大きく旋回し、細い水路へと勢い良く突っ込んだ。衝撃に耐える為、必死で柵にしがみついた。
こちらの水路も水は殆ど無いが、不思議と船は進んでいく。
鋼鉄とコンクリートが互いを激しく磨滅する音を引き摺りながら。
水路を抜けた先は、広大で穏やかな港だった。つい先程までの嵐が嘘のようだ。
湾の縁に沿って店が並んでいる。水上に突き出した軒下から、威勢の良い客引きの声が響く。
大分賑わっているようだ。
夢見心地のような気分で、暫くその光景をぼんやりと眺めていた。
つい先程まで、生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。緊張の糸が切れたのか、甲板に座り込んでなかなか動き出せずにいた。
助かった、のか。
息を吐こうとした所へ、記憶は容赦なく現実を突きつけて来る。
恐らくは、罪悪の意識から。
船の上から波に飲まれていく人々を見た。
絶望の中で、こちらに向かって手を伸ばしていた。
自分も必死で手を伸ばした。
人二人分の腕では到底届かない距離であったとしても。
そうせずには居られなかった。
様々な思いに打ち拉がれながら、漸く立ち上がることができた。
客引きの声に引かれるままに、一軒の店の軒下へと小舟を寄せた。小料理店のようだ。
先客が数人、小狭な店内で食事をとっている。
とても食事をする気にはなれなかった。
恐らくは憔悴しきっているであろう自分の顔を見て、店主と思しきカウンターの奥の中年女性は怪訝な表情を浮かべた。
―――ここは随分凪いでいるようだが。
そんな風にして嵐のことを切り出すと、店主も客も揃って顔を見合わせた。
そして笑い飛ばした。
―――嵐なんざ、きちゃいないよ。夢でも見たんだろ?
、
?
空白。
疑念。不一致。困惑。
辿る傍から記憶が疑念で覆われていく。
嵐は来なかった?
そんな筈はない。
しかし、こうもはっきり言われると判らない。
夢だった?嵐も?失った人々も?
いや、確かに彼等は消えた。
しかし元々居なかった?
存在すらしていなかったのかも知れない。
自分が長い長い悪夢を観ていただけなのかも。
そんなことが有り得るか?
可能性は否定出来ない。
どうして何もかもはっきり言えないんだろう。
必死に柵にしがみついていたことさえ、もはや朧な記憶でしかない。
だって、この港は恐ろしい程に凪いでいる。
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結構前に観た夢オチ。結末が以前読んだ小説に似てるから、多分そこからの連想なんだろうな。
森博嗣氏のシリーズ、多分あの中の『τになるまで待って』だ。
ナチュラルにネタバレしてしまうけど、嵐のように思わせてたけど実際には嵐なんて来なかった、というオチ。あのオチをそのまんま当て嵌めたような内容だった…。あれには騙されたからなぁ。