“NOBODYの囚人”。
いきなり付けられていたレッテルは、そんな不名誉なものだった。
nobodyと聞いて、身体があるのに身体が無いとは是如何に、とか考えていた自分は英語を中学からやり直すべきだと思う。でも手遅れなのが判っているから言わない。あと中学に戻って英語の勉強をやり直すのは正直面倒臭いから言わない。そんなどうでもいいことは置いといて。
とりあえず、自分は囚人であるらしかった。
それも、たった今、脱獄を試みている囚人らしかった。
4人で仲良く脱獄していたハズなのに、どうして今現在自分達は殴り合いに近いものをしているんだろうか?
イヤ、完全に殴り合いだよ。だって殴られたし。殴り返してるし。ああ、あっちじゃ蹴りもしてるから殴り合いではないかな。殴り合い、蹴り合い、まとめて喧嘩。そうだ、喧嘩だ。
一体いつから喧嘩になった?思い出せない。ていうか、一体何の為に喧嘩してるんだ?
喧嘩している相手に「なあ、俺ら何で喧嘩してるんだっけ?」と訊く程マヌケなことはない。多分、そんなちっぽけな意地が口を開くのを邪魔してるんだろう。そういうことにしておく。
そんな明らかにヒマなことをしていると、強烈な閃光を浴びた。眩しさに思わず目を瞑った。
閃光、ではなかった。蛍光灯の明かりを何倍にも増幅させたような、バカでかい照明のバカみたいに明るい光だった。探照灯!視界が突然の光に白く塗り潰される。
追跡者の気配を感じ、4人は4人それぞれに駆け出した。くそ、まだ目がチカチカする。
白いガードレールを軽く跳び越えて道路へ着地、その姿を探す。いた。もやし一号!
懐かしい姿に安堵の息を漏らしつつ、すぐさま跨って急発進。人気も車っ気も何にも無い、夜の道路を愛用の自転車で疾り出す。
スクーターに乗った脱獄仲間の1人、さっちゃんが颯爽と横に並んだ。ヘルメットもちゃんと着けてるって、どんだけ余裕だオマエ。そのまま無言で抜き去り、あっという間に姿が闇に紛れていく。
急な下り坂の向こうへとその姿が消える前、一度だけ奴は手を挙げた。こちらを見ずに。
伝わったぜ、その心。気が付いたら自分は右手を前に出し、親指を立てて応えていた。
自由になろうぜ。お互い、幸せになれるといいな。
路地へ右折。スクーターの赤いブレーキランプの灯が、完全に見えなくなった。
…という辺りまでは、まあ途中で130%無駄なタイムロスをしていたものの、結局逃げ切れた訳だし、上々のストーリィだと思う。
ここらで終わっておけば良いものを、この話は終わらない。路地へ右折した先、そこは24時間営業っぽい和風料理店だった。そしてその中へともやし一号に乗ったまま侵入した、この時点で既にオカシイ。何かがオカシイ。
店内は人身事故が起こった直後の朝のホームさながらの混み様で、その中をもやしに乗ったまますり抜けていく。これじゃ時速5km以下、イヤ分速50mですら怪しい。こんな超低速運転でバランスを保っている自分に拍手を送りたい。実際に送ったらもやしごと客の列にダイブすることになる訳だが。
どのプライドが許さないのか知らないが、もやしから降りる気にはなれなかった。ここで降りたら負けだと思う、というのも勝手な思い込みだが。
そう言えばもう深夜だし、多分別の理由もあるんだろうけど腹が減っている。
何故それが理由になるのか知らないが深夜だし、天丼が食べたくなった。幸いにしてここは和風料理屋らしいし、天丼でも食っていこうかな。
そんなことを考えつつ、客の波をある程度越えると、店の最奥らしい場所へ出た。従業員専用通路だろうか、客は一人もいない。
その更に奥の扉を開けると、外へ出た。ひんやりとした空気がお出迎えしてくれた。
夜だった筈だが、イヤ確かに夜らしい気はするのだが、どうも違うらしい。
空は透き通った群青色、視界は僅かに蒼みがかっている。宵の口、でもなさそうだ。空気は早朝のそれに似ている。しかし朝という感覚でもない。
もやし一号から降りて、辺りを見回した。右手には背の低い石造りの壁、その上には暗い茂み。左手には壁一面が青い大きな建物。目の前には緩やかなカーブを描く下り坂が伸びており、道の先は左手の建物の陰に隠れて見えなくなっている。
閑かだ、と思った。静謐が何もかもを黙らせていた。
そのカーブの先から、人間らしき人が1人歩いてくる。
背は大して大きくはない。大人ではなさそうな気がする。女には見えないが男かどうかは判らない。きっと髪が長かったら似合わないだろうなと思う。
全ての要素が曖昧なのは他でもない、その人物の首から上がどう見てもニセモノだからだ。
だから人間であるかも不確かだが、多分人間だろうとは思う。だって二足歩行してるし。
首と首以下の繋ぎ目辺りまですっぽりと覆う被り物を被ったその人物は、こちらへ向かって坂道を上って来る。
その下に顔があるだろうと予想される部分には、歯を見せて笑うピエロの顔が描かれていた。
自分のアイデンティティを殺してまでピエロの微笑みを主張する人物は、まるで機械のように一定の足取りで坂道を上り、自分の姿など見えていないかのように平然と脇を通り過ぎていった。
1人だったらまだ不思議っ子ちゃん、で済ませられるだろう。
ところがこの後に2人続いた。しかもそれぞれ別の覆面。これは宗教と言った方が近いかも知れない。
3人目を見送って、次は話しかけてみようか、と考えていた時に視界で動いたものがあった。左手の建物の中だ。青い壁に複数開いたガラスの穴、その一つに映った人物と目が合った。あれは、…兄上様だ!
手を振ると、兄上様もこちらに気付いたらしい。もやしをすぐ近くの入口へ置いて、早速建物の中へ入った。
壁一面が青いと思ったら、中まで青かった。内装が青いのではない、と気が付いた。空間自体が蒼みがかっている。外と同じだ。空気に色が付いているのではないか、と思えてくる。
巨大な吹き抜けの空間の上階に、こちらへ向かっている兄上様の姿が見えた。入口の向かいの壁は一面がガラス張りで、その向こう側は海だった。階下にはプールが見える。ここは7階くらいだろうか?
兄上様が居る右側のフロアの方へ行くと、通路に何か巨大なものが飛び込んできた。足場が崩れ、声を上げる間もなく落下、と思いきや、手は何かに必死にしがみついていた。何か…って、何だコレは??
急速に高度が下がっていく。と、思ったらまた上がっていく。そしてまた下がる。上がる。下がる。上がる。
何度か繰り返した後で、漸く現状を理解した。
一言で言うと、遊園地のヴァイキング。
何でこんな所にこんなアトラクションがあるんだよ、という独りツッコミは悲しくなるからやめておいた。
下のプールすれすれの所を、自分がしがみついている振り子が勢い良く通過していく。
ヴァイキング自体はアトラクションとして嫌いではない、というか寧ろ好きだ。なのに、それが遊園地に無いだけでこんなに命の危険を感じるのは何故なんだろう?環境っていうのは思ったより大切だ。
もう何回往復を繰り返したか判らない、それがある時、振り上がった所で急に停まった。
あれ?と顔を上げる。ヴァイキングもどきは完全に停止している。
どういうことでしょう、とさっきから傍観している兄上様を見た。
「ふーん、centrifusionできるんだ」
言いたいことはそれだけですか兄上様、ていうかそれが感想ですか、て、いうか、セントリフュージョンって何?!
言葉にならない叫びを心の中で叫んでいると、再び風を感じた。アトラクション再開らしい。
しかし腕は既に限界を超えていた。もうちょっと人に優しいアトラクションにして欲しいな、と思いつつ、手が振り子から離れた。今度こそ落下。多分死なないんだろうけど。
案の定、落ちた先はプールで助かった。パニックで溺れない為に自身を落ち着かせていると、既に自分以上にパニックに陥っているらしい先客が居た。すぐ近くで水飛沫がばしゃばしゃと派手に上がっている。
何事かと近寄ってみると、腸管絨毛の500倍くらいの大きさの突起が表面にびっしり生えた、妙な形の浮きっぽいものに頑張って乗ろうとしている人が居た。
気持ち悪い形だが浮きの恩恵には自分もあやかりたいので、一応声を掛けてみることにした。
「何やってるんですか?」
「え?染色体の上に乗る方法を探しているんですよ」
まともな返答を期待した自分は心からバカだと思った。
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オチなど無い。だって夢だもん。だから夢ということでオチる(何だそれ
何が何を表しているのか全く不明。これは…分析をしようにも意味不明な部分が多過ぎる…!
ただ、壁一面のガラスの向こうが海、ていうのは前見た夢にも同じような光景があった気がする。そういや、あの夢は印象に残ってた気がするのに書かなかったな。何でだっけ?思い出せなかったからか?
これもデジャヴの一種なんだろうか。
そういや、こないだのデジャヴの夢も書かないと。あれは自分で相当驚いた。