床が波立った。
地震だ、と誰かが叫んだ。
微かな震動を感じた直後、机が、椅子が、人間が壁が天井が空間が空気が一斉に波打ちだす。
立ち上がり、周囲の机を押さえて揺れが収まるのを待った。
…長い。あの時を思い出す。
向かい側で同じように机を押さえる友人と、目と目で頷き合った。
―――大丈夫だ。
―――ああ、大丈夫だな。
冷静を装う為に口元を緩めてみると、相手もおどけた仕草をしてみせた。再び頷き合う。
パニックに陥ってもろくなことは無いし、意味も無い。お互い解っている。
共有する意識が2人を落ち着かせた。
次第に床が鎮まり、様々な雑音が遠のいていく。
窺うような一時の静寂が訪れた後、あちらこちらから深い息が漏れ、人々の困惑をのせたどよめきに変わりつつあった。
とにかく情報を、と考えた時に思い当たった、兄貴が携帯電話を買い替えたばかりだった。今の携帯は、殆どが地震速報が自動配信されるのだと聞いたからだ。
近くの机に置いてあった兄貴の携帯を見ると、確かに速報が入っていた。地震の後に来たんじゃ意味無いだろうに、と内心毒づきつつ、いくつかキー操作をして情報提供ページを開いた。
この数週間ですっかり見慣れたカラフルな日本地図の一部と、そこに並ぶ数字。
震度は5。震源は埼玉県南部。
南部、だと?
「やべーな、これ」
傍に居た友人が画面を覗き込んで一言。
「そうだな」と何でもない風にわざと声に出して動揺を隠した。
…震度5なら、まだ。あの柱だらけの、大工のお墨付きの家なら潰れないだろう。
情報を見ている最中にも次の地震速報が入った。即座に周囲へ注意を呼び掛ける。
予想される震度は…なんだ、2か。
「余震だ」
言った傍から再び床が揺れ始めた。緩やかな横揺れだった。穏やかな海に浮かべられた船に乗っているようだ。
暫く待ったが余震の波は一向に引く気配が無いので、一応外へと避難した。
外は夕陽が彼方の山際へ沈んだ所であり、燃えるような赤さが山々の連なりの隙間に僅かに見える以外は、徐々に世界は闇に覆われつつあった。絵具で描いたような、妙に鮮明な空だった。
すぐ近くの川べりに白いワゴンが停まっていた。
トランクの扉が開け放たれ、吊り下げられた白熱球が眩しく光っている。発電機が動いているのを見て、周囲がやけに暗いのは停電している所為か、とそこで漸く気が付いた。
ワゴンのトランクには同い年の従兄が座っていた。そちらへと近付いて行った。
流れているのは水ではなく、砂だった。川と思ったのは砂の川だったのだ。
岸へ歩み寄って手を入れてみると、勢い良く流れるきめ細かな砂粒が手の甲に当たって堰き止められては、指と指の隙間からさらさらと抜けていく。感触が滑らかなのは、粒の大きさが相当小さい為だろう。流れる砂を掌に掬ってみると、単なる粒でなく様々な形をしていることが判った。美しい貝殻のようなもの、いびつな星形のもの。
遠い昔、そしてさして遠くない過去にも見た記憶があった。
星の砂…そう、これは星の砂と呼ばれていたものに、近い。
立ち上がり、上流へ目をやると、一面砂色の景色が広がっていた。
砂流は、水平な滝の如き勢いで流れている。暫く呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…『人間は何を生み出し、何になるか?』」
従兄が徐に口を開いた。どこかで聞いたことのある問いだ。
誰でも習う問い。その答えが思い出せなくて、ぼんやりと砂の流れに目を向けた。
「……砂、かな」
従兄を振り返って正解かどうかを窺ったが、彼は口元を緩めただけだった。
そのまま、彼の視線は砂漠へと向けられる。
「祖母ちゃんによく言われたっけな、…」
―――を大切にしなさい。
不自然に途切れた従兄の言葉に眉を寄せると、彼もこちらを見て疑問の表情を浮かべた。
ちょっとの間、お互い顔を見合わせた。それで2人共同じことを考えているのだと解った。
「…何だっけ、大切にしなくちゃいけないもの」
「分からん。思い出せん」
「土っぽいものだった気がする」
「土?砂?泥?大地?」
どれもしっくり来ない。抜けたピースの形に合致しないような違和感がある。
何だっけ、と2人で首を捻った。
何だったっけ。
何だったろう。
思い出せない。
あんなに言われたのに…
-----
この所起こった色々がmixされてる夢でした。すげえ、何だこの詰め込みよう。
まず、地震。相当ショックでかかった所為だと思われます。因みに震源は埼玉県南部と濁してますが、自分の住んでる地域が震源でした。
あと停電。この辺は震災諸々の影響ですな。
そして兄貴が携帯を買い替えやがった。自分より新しい携帯を更に新しくしやがって、このくだりは後日日記で書くからいいや。
で、星の砂は最近友人からお土産に頂きました。クソガキだった頃から好きだったんですよね、星の砂。よく海の近くへ行っては親にねだってました。
んで、周りが砂だらけになってしまったっていう辺りは漂流教室の風景に影響されたのかと。可憐様が持って来られた漫画をちらっと読んだ時にそんな光景があった。
最後の会話は原因不明。そもそも、父方の従兄だったので奴は父方の祖母ちゃんとしか面識が無い筈だが、何故か2人が連想しているのは母方の祖母ちゃんだったという謎。
地震だ、と誰かが叫んだ。
微かな震動を感じた直後、机が、椅子が、人間が壁が天井が空間が空気が一斉に波打ちだす。
立ち上がり、周囲の机を押さえて揺れが収まるのを待った。
…長い。あの時を思い出す。
向かい側で同じように机を押さえる友人と、目と目で頷き合った。
―――大丈夫だ。
―――ああ、大丈夫だな。
冷静を装う為に口元を緩めてみると、相手もおどけた仕草をしてみせた。再び頷き合う。
パニックに陥ってもろくなことは無いし、意味も無い。お互い解っている。
共有する意識が2人を落ち着かせた。
次第に床が鎮まり、様々な雑音が遠のいていく。
窺うような一時の静寂が訪れた後、あちらこちらから深い息が漏れ、人々の困惑をのせたどよめきに変わりつつあった。
とにかく情報を、と考えた時に思い当たった、兄貴が携帯電話を買い替えたばかりだった。今の携帯は、殆どが地震速報が自動配信されるのだと聞いたからだ。
近くの机に置いてあった兄貴の携帯を見ると、確かに速報が入っていた。地震の後に来たんじゃ意味無いだろうに、と内心毒づきつつ、いくつかキー操作をして情報提供ページを開いた。
この数週間ですっかり見慣れたカラフルな日本地図の一部と、そこに並ぶ数字。
震度は5。震源は埼玉県南部。
南部、だと?
「やべーな、これ」
傍に居た友人が画面を覗き込んで一言。
「そうだな」と何でもない風にわざと声に出して動揺を隠した。
…震度5なら、まだ。あの柱だらけの、大工のお墨付きの家なら潰れないだろう。
情報を見ている最中にも次の地震速報が入った。即座に周囲へ注意を呼び掛ける。
予想される震度は…なんだ、2か。
「余震だ」
言った傍から再び床が揺れ始めた。緩やかな横揺れだった。穏やかな海に浮かべられた船に乗っているようだ。
暫く待ったが余震の波は一向に引く気配が無いので、一応外へと避難した。
外は夕陽が彼方の山際へ沈んだ所であり、燃えるような赤さが山々の連なりの隙間に僅かに見える以外は、徐々に世界は闇に覆われつつあった。絵具で描いたような、妙に鮮明な空だった。
すぐ近くの川べりに白いワゴンが停まっていた。
トランクの扉が開け放たれ、吊り下げられた白熱球が眩しく光っている。発電機が動いているのを見て、周囲がやけに暗いのは停電している所為か、とそこで漸く気が付いた。
ワゴンのトランクには同い年の従兄が座っていた。そちらへと近付いて行った。
流れているのは水ではなく、砂だった。川と思ったのは砂の川だったのだ。
岸へ歩み寄って手を入れてみると、勢い良く流れるきめ細かな砂粒が手の甲に当たって堰き止められては、指と指の隙間からさらさらと抜けていく。感触が滑らかなのは、粒の大きさが相当小さい為だろう。流れる砂を掌に掬ってみると、単なる粒でなく様々な形をしていることが判った。美しい貝殻のようなもの、いびつな星形のもの。
遠い昔、そしてさして遠くない過去にも見た記憶があった。
星の砂…そう、これは星の砂と呼ばれていたものに、近い。
立ち上がり、上流へ目をやると、一面砂色の景色が広がっていた。
砂流は、水平な滝の如き勢いで流れている。暫く呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…『人間は何を生み出し、何になるか?』」
従兄が徐に口を開いた。どこかで聞いたことのある問いだ。
誰でも習う問い。その答えが思い出せなくて、ぼんやりと砂の流れに目を向けた。
「……砂、かな」
従兄を振り返って正解かどうかを窺ったが、彼は口元を緩めただけだった。
そのまま、彼の視線は砂漠へと向けられる。
「祖母ちゃんによく言われたっけな、…」
―――を大切にしなさい。
不自然に途切れた従兄の言葉に眉を寄せると、彼もこちらを見て疑問の表情を浮かべた。
ちょっとの間、お互い顔を見合わせた。それで2人共同じことを考えているのだと解った。
「…何だっけ、大切にしなくちゃいけないもの」
「分からん。思い出せん」
「土っぽいものだった気がする」
「土?砂?泥?大地?」
どれもしっくり来ない。抜けたピースの形に合致しないような違和感がある。
何だっけ、と2人で首を捻った。
何だったっけ。
何だったろう。
思い出せない。
あんなに言われたのに…
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この所起こった色々がmixされてる夢でした。すげえ、何だこの詰め込みよう。
まず、地震。相当ショックでかかった所為だと思われます。因みに震源は埼玉県南部と濁してますが、自分の住んでる地域が震源でした。
あと停電。この辺は震災諸々の影響ですな。
そして兄貴が携帯を買い替えやがった。自分より新しい携帯を更に新しくしやがって、このくだりは後日日記で書くからいいや。
で、星の砂は最近友人からお土産に頂きました。クソガキだった頃から好きだったんですよね、星の砂。よく海の近くへ行っては親にねだってました。
んで、周りが砂だらけになってしまったっていう辺りは漂流教室の風景に影響されたのかと。可憐様が持って来られた漫画をちらっと読んだ時にそんな光景があった。
最後の会話は原因不明。そもそも、父方の従兄だったので奴は父方の祖母ちゃんとしか面識が無い筈だが、何故か2人が連想しているのは母方の祖母ちゃんだったという謎。