―――振り返った彼は、後悔しただろうか。


口の動きが、自分の名前を呼んでいた。

銃声も、喧騒も、彼の叫びも。

全ての音を微塵に掻き消すような咆哮を上げて、列車は駆け出していった。


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『…どうしました?』



はっとして顔を上げると、<VIOLET>の大きな瞳がすぐそこにあった。


「どうしました、cyan?」


その言葉に違和感を憶えて、<BLUE>は小さく頭を振った。

何処かで聞いたことがあるような。しかし思い出せない。

結局「何でもありません」と表情を和らげると、<VIOLET>も少しだけ口元を緩めた。



灰色の箱の中に、<BLUE>と<VIOLET>の2人は居る。

四方を剥き出しのコンクリートに囲まれた拘置所には、窓も無ければ調度品も一切無かった。あると言えば、鉄製の扉が壁に一枚嵌っているだけ。およそ電波と呼ばれるものも完全に遮断されているに等しかった。

<RED>が任を解かれた後、隊は解散し、以来<BLUE>と<VIOLET>はこの部屋に軟禁状態にある。


拘束されてないだけマシですね、と2人で苦笑したのが、もう5日も前のことだ。

一度別々に聴取を受けたが、それから何の音沙汰も無い。<RED>と<GREEN>のその後も知れなかった。<VIOLET>の返還についてもまるで何も触れられていない。


無為な時間だけが重なっていき、部屋には沈黙が落ちた。

事態が急変したのは、2人が軟禁されてから一週間後のことだった。



「?」


<VIOLET>が立ち上がった気配を察して、<BLUE>は膝に埋めていた顔を上げた。


「…どうしたんですか?」

「今、外から何か聴こえませんでしたか、cyan?」


部屋は防音仕様になっていたが、壁伝いに微かに聴こえたようだ。反対側の壁を背にしていた<BLUE>までは届かなかったらしい。それとも、設定されている聴力の違いか。

<VIOLET>は立ち上がると、扉に近付き、手をあてがう仕種をした。


その瞬間、文字通り扉が吹っ飛んだ。


<VIOLET>は反射的に手を引っ込め、目を丸くして呆然とその場に立ち尽くした。<BLUE>も何事かと目を剥く。

ガン、とかゴン、とか、金属質の耳障りな音が遠ざかっていき、やがてその余韻が消える頃。

<VIOLET>は一歩後退りして、そこで漸く口を開いた。


「、博、士」


その言葉に、<BLUE>は瞬時に身を起こした。<VIOLET>が身動ぎした際に見えた、明るいオレンジの髪には見覚えがあった。


「―――marioさん!?」

「紫・多咫、お前を神国へ送還する。この危険は想定外である。お前は護られねばならない」

「……?!」


身を乗り出した<BLUE>を制止するように<VIOLET>の腕が上がり、<BLUE>は足を止めた。

<ORANGE>の視線が一瞬<BLUE>を捉えたが、すぐに<VIOLET>へと戻った。<VIOLET>はその視線をじっと受け止めている。


「…木偶、ですね?」


<VIOLET>が<BLUE>の知らない名前を口にすると、<ORANGE>はこくりと頷いた。

それは、確かに<ORANGE>だった。

<YELLOW>が破壊されて以来姿を消していた、彼だった。


「どうして、ここに」

「時間が無い。お前は本日22:05:00に廃棄される。帝国から神国への申請は為されていない」


あまりに唐突な知らせに、<VIOLET>が目に見えて動揺した。<BLUE>も咄嗟に言葉が出て来ない。

そんな2人の反応を余所に<ORANGE>は淡々と続ける。


「紫・多咫。我が主との盟約は記憶しているな」


―――貴方は、紫族の約束。紫族と巛族を繋ぐ絆なの。

―――はい。


「お前は神国と在るべきだ」


<VIOLET>は何かを言いかけたが、僅かにその表情を歪めると、唇を引き結んで俯いてしまった。

刹那に落ちた沈黙の中で、<BLUE>は遠く警報が鳴っているのを耳にした。<ORANGE>の言葉が真実であれ虚言であれ、事態が思わしくない方向へ猛スピードで転がり始めているのは確かだ。

<BLUE>は焦燥から、立ち尽くす<VIOLET>の腕を揺さぶった。


「tataさん、迷ってる暇はありませんよ!すぐに逃げないと……、っ!?」


<VIOLET>がそれに気付くよりも早く、<BLUE>が視界から消えた。直後に、背後から衝撃音。

後方に吹き飛ばされた<BLUE>は壁に叩き付けられ、そのまま前のめりに倒れて床に手をついた。


「cyan!!」


駆け寄ろうとした<VIOLET>の肩を掴み、<ORANGE>は強引に引き留めた。

<VIOLET>は信じ難いものを見るような目で<ORANGE>を振り返り、力任せに腕を振り払った。


「木偶、貴方は自分が何をしているか解っているんですか!?それとも、これは博士の意思ですか!?」

「前者はYES。後者はNOだ。私は杜・木偶だ」

「だったらどうしてこんなことを!!」

「国際第二研究所所属のLv.5-humanoid、Type:xy_no-base00014、通称cyan。貴様だな?」


<VIOLET>の二つ目の質問には答えずに、<ORANGE>は<BLUE>に向かって言った。

漸く上体を起こした<BLUE>が、しかし顔は上げずに<ORANGE>の問いに応じた。


「…それが、何だって言うんです?」

「紫・多咫の処分担当が貴様になっている。動くな。それ以上近付けば、次は確実に破壊する」



何かが、凍りついたような気がした。


『質問は以上か?ならば貴様等2名を収容する』『気を付けて行っといで。危なくなったら、リーダーじゃなくて俺を呼ぶんだぞー』『何を考えている?<BLUE>』『余計なこと考えるなよ。死ぬぞ』『お前さんはwinkerにとり憑かれたって訳だ』『cyan、自分を責めないで下さい。貴方の所為じゃない』『<ORANGE>、2人を守れ!!』『cyan!聞いて聞いて。僕、ここにいていいって、φが』『楽しそうだな。安心した』『俺の相棒に手ェ出しやがったらブッ殺す、って言っとけよ』『ヒヤヒヤさせるなよ。ああ、良かった』『さっさと行け。バックは任せろ』『何かやらかした憶えはあるかい、cyan?』『winker、でいいよ。<BLUE>はなんて名前なの?』『妙な行動はするなよ』『えー、何でお前だけ別のトコに行くんだ?』『お前なら大丈夫だと思うが。…慎重にな』『お前宛の召集令状だ。14号』


『どうしました、****?…』



そういうことか……!!



床を見つめたまま、<BLUE>は拳を握り締めて歯噛みした。

<VIOLET>が息を飲んだのが分かった。


「時間が無い。お前を神国へ送還する」


<ORANGE>が伸ばし掛けた手を、<VIOLET>は一歩引いて退けた。<ORANGE>の目が鋭く細められた。


「…出来ません。私は…今は、ここを離れる訳にはいきません。それが、命令、です」

「お前の主は帝国の人間か?お前の主は誰だ。紫族への忠誠を忘れたか」


<ORANGE>の険しい口調に、<VIOLET>がびく、と肩を強張らせる。

しかし意を決したか、<VIOLET>は顔を上げた。きっと<ORANGE>を睨み、声を張り上げた。


「今ここで私が逃げれば、神国と帝国の関係悪化は免れないでしょう。私が逃げては帝国の神国への不信感を強めるだけです!逆に、帝国が紫族の許可無く私を処分するのであれば帝国は批難されるでしょう、しかしそれが帝国にとって何になります?ただでさえ帝国は他国を圧倒していると言うのに!!」

「紫・黝良が黙っていると思うか?あの女は、お前が処分されれば必ず報復する。たとえ相手が帝国だろうと」

「それは…」


否定は出来なかった。彼女の真っ黒な瞳の、相手を射竦めるような力強い眼差しを思い浮かべる。


「…なら、僕が連れて行きます」


低く、床に向けて吐かれた言葉に、2人が<BLUE>を見やった。


「僕が無理矢理連れ出したことにすればいい。それならtataさんが罪に問われることもありません。僕の勝手な行動であれば、帝国側も強くは出て来れないでしょう。自国の失態になりますから」

「いけません!cyan、それでは貴方が…」


言い終わる前に、<BLUE>が飛び出した。長身の<VIOLET>を左腕の一振りで薙ぎ払い、一瞬で<ORANGE>の懐に入ると、流れのままに身体を反転させて肩口からの強烈な蹴りを叩き込んだ。

巨躯が床に叩き付けられ、そのまま馬乗りになる形で<BLUE>は<ORANGE>の動きを封じた。喉元には凶器と化した右腕を押し付けている。

しかし、<ORANGE>の口調は冷静だった。


「…貴様を信用しろと?」

「どちらでも。僕も貴方を信用していない。あの時、貴方が助けてくれたことには感謝します。けど、harvestさんにしたことは許せない」


言い切ったが早いが、<BLUE>は<ORANGE>からぱっと離れた。被せるように銃声が響き、<BLUE>が居た場所を銃弾が掠めていく。<ORANGE>が瞬時に起き上がり、そちらへと身体を向けた。盾になるつもりらしい。

部屋の中へと戻る形で回避した<BLUE>は、壁際で立ち上がりかけている<VIOLET>の胴を抱え上げ、抵抗をものともせずに強引に連れ出した。


「E-04ターミナル」

「了解」

「―――木偶!!!」


部屋を出た一瞬、短過ぎる遣り取りを最後に、<BLUE>は<VIOLET>を連れて脱走した。



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あれ、終わらないんですけど。一話完結してないんですけど。どうしよう。(今更

そんな訳で、こ、後編へつづくー。


あ、そうそう。細かい所ですが、身長がORANGE>VIOLETにも関わらずORANGEの頭がBLUEから見えなかったのは、VIOLETがロシア帽的な帽子を被ってるからです。ハガレン的に言うと全長はVIOLET>ORANGE。