“亡霊”騒ぎが漸く収まり、検査も終了した<BLUE>は元の施設へと戻って来た。
そこで<BLUE>を迎えたのは<VIOLET>ひとり。
「cyan、お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「いえ、特に問題は無かったみたいです…けど」
<BLUE>は首を巡らしてから、<VIOLET>を振り仰いだ。
「あの、隊長とgreenさんは?会議ですか?」
<BLUE>の問いに、<VIOLET>は一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐさまそれを隠すように目を伏せた。
後は首を横に振るだけだった。<BLUE>は俄に不安な顔を覗かせる。
どういうことかと追及しようと身を乗り出した時、背後から声が掛かった。
「『RAINBOW』所属の機械兵だな?」
振り向くと、軍服に身を包んだ壮年の男が立っていた。軍帽の下から鋭い目をこちらに向けている。
2人が応じると、男は威厳を滲ませた低い声で宣告した。
「貴様等の隊長であるAZ-01試験体は本日を以て任を解かれた。因って、非公式小隊『RAINBOW』は本日付けで消滅、<BLUE>並びに<VIOLET>両名は機密情報保護の観点から当局の監視下に置かれることになる」
<BLUE>は絶句してしまった。<VIOLET>も信じられない、といった表情で軍服の男を凝視している。
「ちょっと待って下さい、いきなり解任だなんて…隊長が何をしたって言うんです!?」
「奴と同型の試験体に重大なエラーが確認された。AI調査の上、三研へ輸送する予定だ」
「三研…」
その単語を反芻して、<BLUE>は今度こそ言葉を失った。
<RED>は元々三研からやって来た。つまり、その三研へ送り返されることになる。
全く別の意味合いで以て。
「質問は以上か?ならば貴様等2名を収容する。抵抗すれば即刻破壊する。いいな」
有無を言わさぬ冷然とした声が、そう告げた。
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見慣れた扉の向こうに、見慣れた黒髪の男がこちらに背を向けて椅子に座っていた。
部屋へ入っていくと、男はくるりと椅子ごと身体を回転させてこちらを向いた。
「漸く戻ったか」
「はい」
「遅い」
「申し訳ありません」
ゆっくりと一礼し、<RED>はその暗赤色の双眸を上司へと向けた。
<RED>の上司であるrigaは何かを急き立てるかのように、しきりに肘掛の端を指先で叩き、苛立ちと自嘲の混じった複雑な感情の色をその顔に浮かべた。
<RED>が尚も黙ったまま見つめていると、上司はそれを嘆息に変えて分かり易く示した。
「3人出しておいて、1人は死体、1人は行方不明、1人はゴミ扱いで返品とはな。…よくよくコケにしてくれる。人が折角集めたコレクションを台無しにしやがって」
<ORANGE>も<INDIGO>も扱いは「処分対象」だ。2人がこれまで存在出来たのは、単に三研masterdollたるrigaの気紛れに過ぎない。
その2人ももう居ない。この短い間に色々なことがあったものだと、<RED>は今更のように感じた。
それは疲労感にも近かった。
だが、それももう終わり。
「少し前にお前の弟が来た。…翠の目をした」
「AZ-04」
「そう」
「…何か言っていましたか」
上司は横目で<RED>をちらりと見てから、天井を仰いだ。
「お前等兄弟はホントにそっくりだ」
「同型ですから」
「見た目だけじゃねーよ。仕種も表情も」
「同型ですから」
「……そだな」
rigaは少しの間無言で俯いていたが、やがて椅子から立ち上がった。
<RED>の目の前までやって来て、徐に腕を動かした。<RED>に軽い衝撃が伝わってきた。
「兄弟揃って、ンな救われたような面してんじゃねェよ」
ぎろ、と睨み上げてくる猛獣を想わせる双眸は、奥底で静かな怒りに燃えている。
その視線を受け止めてから、<RED>はゆっくりと瞼を閉じた。
「多分、弟は怖かったんでしょう」
瞼の裏の暗闇の奥で、rigaが顔を逸らしたのが分かった。
「何でそれが分かる?」
「あいつが一番Originに近かったからです」
「…それが解ったってことは、お前も『そうなった』と考えて良いんだな?」
「だから俺は、」
―――ここに戻って来れたんですよ。
その言葉を告げる前に、<RED>の身体が崩れ落ちた。
rigaの脇をすり抜け、とさ、と床に倒れた音は意外にも軽かった。
赤い髪が視界の端で揺れ、消えていくのが見えた。
rigaは暫くその場に立ち尽くしたまま、微動だにしなかった。
右の腕は人工血液に塗れ、その手の中に<RED>の心臓があった。文字通り、機械仕掛けの心臓だ。
「殺す側にンなことほざく奴があるか、馬鹿」
目を細めて、誰も居ない前方を睨み付ける。すでに聞く者の無い言葉を向ける。
まるで、まだそこに誰かが居るかのように。
さして遠くもない記憶の中に、今と同じ光景を見た。
髪は赤色でなく、白銀色。目は血のような暗赤色でなく、瑞々しい若葉を想わせる淡い翠色。
それ以外はおんなじ。強いて違いを挙げるなら、耳飾りが片っぽでなく両耳に付いていたことか。
比較して何処か幼さを感じたのは、兄の方があまりに朴念仁だったからだろう。
おまけに、彼は酷く怯えて泣いていた。
怖い、怖い、怖い。
何が怖いと問えば、自分が怖いと言う。
自分が何を考えているのか解らない。自分が何をしでかすか解らない。自分なのに?
いつか。
いつか、自分が生みの親であるOriginを傷付けてしまうかもしれない。
それが堪らなく恐ろしい。そう言って、殺してくれと懇願した。
既に身体中が傷だらけだった。恐らく自分でやったのだろう、頭には深く皮膚を抉った跡があった。
後から聞いた話だが、azureが無理矢理止めさせたらしい。
無意識の意識に怯える。
これはそこまで高度なrobotを造り出したazureの罪なのか、単なるバグなのか、それとも必然なのか。
理由が解ると言った<RED>も、遅かれ早かれいずれはそこまで行き着いたことだろう。
…そんなのは、俺の知ったことじゃない。
「hosana!」
彼は力任せに2nd-coreを握り潰すと、そのまま床に投げ捨てた。
「こいつを片付けろ。main-coreは取り出して一研のアホ親父に送ってやれ。他は捨てていい」
呼び掛けに応じて音も無く現れた人物にそれだけ言うと、rigaは返事も待たずに部屋を去った。
hosanaと呼ばれた人物はその背に軽く頭を下げ、了承の意を示した。
rigaの足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなると、後はもう、静寂が寄り添うばかりだった。
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ちょい軽過ぎるかとも思ったけど、ここでφを墓に入れておこうかなと。
まあ、本編の方ではまだまだ健在だしなぁ。世話の焼ける上司の面倒を見続けている。
全く拾う予定の無かった2ndシーズンの伏線をムリヤリ拾った形になりました(笑
タイトルがありがちなのは気にしない。お、思い付かなかったんだ…
しかしペースが遅いな。ぐだぐだと書いているのは嫌だ…が、ちょこちょこ書くとなると中々進まない。
とにかく、あと2話か?もしかしたら+αが付加されるかもしれない。
その時の気分によりけり。