やや焦燥を帯びた声の断片を拾った時、<BLUE>は身体の何処かで奇妙な音が鳴るのを聴いた。

カチリ、というレトロなスイッチ音。途端に視界が暗転する。

勝手に再生が始まる。記憶媒体に焼き付いた映像は、劣化することなく常に鮮明なビジョンを<BLUE>に見せた。



簡易障壁を展開。1.75秒後、警告の後に消失。

左上腕、左下肢に被弾。続けて右肘に被弾。回避行動への移行を拒否。

左顔面に被弾、視界が半分消失。

右胸部、腹部に被弾。回避行動への移行を再度拒否。

神経系の断絶を告げる警告表示を無視。


突然、何かが覆いかぶさってきて視界が遮られる。

全ての音が瞬時に消え、辺りはしんと静まり返った。


暗闇の中で、視点が小刻みに揺れながら右へ移動していく。

自分の右肩を通り過ぎ、更にその後ろへと。


そこに、彼が―――



「……て…のか、<BLUE>?」


肩を揺する力が朧げに<BLUE>の思考を揺さぶり、彼は急速に現実へと帰還した。

焦点を合わせると、目の前に真剣な<GREEN>の顔があった。<BLUE>は慌てて何でもない風を装った。


「す、すみません」

「通信、聞いてたか?」

「あ、いえ…」


<BLUE>の曖昧な返事に訝しげな顔をしつつも、<GREEN>は深く追及しなかった。

次に<GREEN>の口から発せられた言葉に、<BLUE>は驚愕することになる。


「<ORANGE>と<YELLOW>との通信が切れてる。俺達で確認に行くぞ」

「、了解しました」


返事を待たずに駆け出した<GREEN>の背を追って、<BLUE>も走り出した。

簡潔に述べられた状況に対して、それが何を意味しているのか、全く解らないまま。

ただひとつ、もたついている暇など無いことだけは判った。<RED>の焦燥の声、<GREEN>の真剣な眼差し。


何かが起こったのだ。


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戦線の南東の外れ、広大な湿地を覆い尽すlapp大草原とNashik王国領北部との境界付近。

視界を遮る巨大な多年生植物の群落を、<GREEN>と<BLUE>の2人は用心深く進んでいった。lappと呼ばれるこのバカでかい植物は、最長で10mを超えるとされる、間違いなく世界最大の雑草である。本当に草なのか怪しい所だが、分類学の見地からすると正真正銘の草類であるらしい。


廃墟と化した建造物の残骸が散見される辺り、どうやら既に王国領に入っているようだ。

周囲に敵影は無く、やけに静かだった。ここで敵の屍体が無ければ尚用心する所だが、あちらこちらに破壊されたmob共の手や足や腕や胴体や頭部やらが転がっている。あ、グラス・アイ踏んだ。


「…掃討は完了済み、か」


センサ系にも反応が無い辺り、敵の全滅はほぼ間違い無かった。尤も、この辺りは機器への干渉が激しい所為で当てにならないことも多いが。それでも、肉眼の判断で十分だろう。

<GREEN>の小さな呟きに、<BLUE>は身震いするような不気味さを覚えずにはいられなかった。

結果が語っているように、何も問題は無かった筈だ。


何も起こる筈の無い条件下で、何かの要素が付加された。

何度か通信を送ってみたが、一向に返事は返って来ない。耳障りな砂嵐の音が続くだけだ。

これがただの電波干渉の所為であって欲しいと、<BLUE>は切に願った。


lappの緑の壁が徐々に薄くなり、やがて目につかなくなる頃、<GREEN>は一度足を止めた。

<BLUE>もそれに倣い、立ち止まって周囲を見渡す。


「この辺りの筈なんだが…」


同じように首を巡らせる<GREEN>の言葉に、<BLUE>は何気なく彼を振り返り―――

そして、それを見た。

思考は急速に神経回路の奥底へと追い遣られ、彼は再びスイッチ音が鳴り響くのを耳にした。


カチリ。


再生が開始される。



容赦無い弾幕が浴びせられる。腕が千切れ、脚が折れる。視界が半分消えた。

警告表示の嵐。筋肉や神経が焼ける音。夥しい人工血液が溢れ出す。


何かが覆い被さってきた。


ストライプのマフラー。オレンジの虹彩にくっきりと刻まれた十字の瞳。

片っぽしか無い目。顔面を横切る大きな縫い傷。


<ORANGE>さん、


声にならなかった。

視界が暗くなり、辺りは急に静まり返る。視点が勝手に動き出す。

自分の右肩を通り過ぎた。更に後ろへと、微震しながら移動していく。


最初に目に入ったのは、銀髪混じりの、微かに蒼みがかった黒髪だった。

俯き加減のその角度では、こちらから表情を見ることは出来ない。顔に巻いていた包帯が緩んで、首元に落ちていた。白かった包帯が、真っ赤に染まっていた。

真っ赤だった。


真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だった。

真っ赤だ



<<“・C・Y・A・N・”・?・?>>


直接脳内に信号を送られて、<BLUE>はびくりと身体を痙攣させた。再生が停止する。

一瞬、<BLUE>の顔から全ての表情が失われ、瞬時に回帰した。<GREEN>の翠緑の双眸に焦点が合った所で、<BLUE>は漸く2、3度瞬きをした。


「green、さん」

「…良かった。戻ったか」


<GREEN>は<BLUE>の肩を摑んだまま、深々と息を吐いた。

<BLUE>はすぐさま思考を取り戻し、その青い瞳が恐怖にさざめく。


「greenさん、あそこ、に」

「分かってる。もう見て来たよ。お前が突っ立ったままだから、引き返して来たんだ」


<GREEN>が<BLUE>の示す方向へと歩き出したので、<BLUE>も恐る恐る近付いていった。

まず見えたのは、廃墟の影の中から伸びた脚だった。続いて、腰、胴とひと続きの人体が古びた石柱によって分割されて見えるのだが、奇妙なことにその上の胸が見える筈の隙間には何も無く、その先の肩からまた人体の連続が再開し、首元の辺りで直線の闇に切り取られている。


それの足元に立つと、全てが見て取れた。<BLUE>は思わず顔を覆い、力なく首を振った。

<GREEN>は眉間に皺を寄せ、目をきゅっと細めている。


首の先には見慣れたブロンドの髪が付いていた。倒れていたのは<YELLOW>だった。

彼は完全に機能停止しており、胸部には大きな風穴が開いていた。


「…2nd-coreが破壊されてる。大丈夫、mainの方は無事だ。死んじゃいない」


<GREEN>の言葉に、<BLUE>は何も返すことが出来ない。ただ、強烈な違和感があった。

そして、それを上回る恐怖と不安。

小隊のメンバー全員が、見ればそれと判る結果がそこにあった。


「<GREEN>から<RED>へ。<YELLOW>を発見しました」


<BLUE>は<YELLOW>から目を離せなかった。彼の目は閉じられていた。

<GREEN>は淡々と結論を述べた。


「<ORANGE>が<YELLOW>を破壊…逃亡したものと思われます」



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ブルーがかなりブルーになってきたぞ。色々終わってんな(笑

違和感つーのは、明らかにwinkerのが少ない損傷であっさり逝ったのに対し、harvestがこの状態でまだ生きてるのが意味不明という軽い混乱。因みに、犬はたった2発の銃弾で死んだ。

本編が長過ぎて右のバーの短さが怖くなったので、etcの説明を端折ってしまった。


プロットがあったから、結構さくさく書けたな。第1話の超絶プロット無視は何なんだ…