「sigiri、貴方…」


微かに震えの混じったその声に振り向くと、葉月の母親が目を大きくしてsigiriを見ていた。その後ろに居た葉月の父親と三月の両親も、何事かと彼に目を向ける。その視線が、ある一点で止まった。

sigiriが視線を辿ってみると、どうやら自分の左脇の辺りを見ているらしい。

何があるのか、と左腕にぶら下がっている三月に目をやった所で、それに気が付いた。


sigiriは一瞬、信じられない、といった顔で4人を見やり、視線を彷徨わせて後退りした。

近くに居た三月と葉月が、不思議そうにsigiriを見上げている。

僅かな沈黙の後、sigiriが意を決して口を開いた。


「…これが、これの意味する所が、お解りになるのですか」


左の二の腕に露になったそれを右手で隠す形で、sigiriはその印を示した。

包帯が解けていたのを、常と同じで意識せずにいたのが誤りだった。知る者であれば、すぐにそれと知れる印がそこには刻まれていたからだ。

但し、その「知る者」は世界を見渡しても極限られた人数しか居ない―――だから、普段sigiriは大して気にせずに過ごしてきた。知らぬ者がそれを目にしても、珍しい刺青だと思うだけのことだろう。


だが、この4人の反応は、明らかにそれと違う。

再び沈黙があり、やがて葉月の母親がこっくりと頷いた。

―――sigiriは諦めたように俯き、唇を噛んだ。


「sigiri?どうしたの、ねえ」

「三月、葉月―――」


sigiriの顔を窺うように首を伸ばしていた子供達に声を掛けたのは、三月の父親だった。

落ち着いた様子で、彼は静かに言った。


「2人共、こちらへおいで。…sigiri、いいからそれを見せなさい」


子供の鋭い嗅覚で空気の変化を敏感に感じ取ったか、三月と葉月は一旦顔を見合わせると、驚く程素直に彼の言葉に従った。2人共それぞれの母親の元へ向かい、くるりと振り向いてsigiriを見つめている。

sigiriはそのまま、少し離れた場所に立ち、言われた通りに包帯を取り去った。腕にバーコードのような刻印がある。

やはり、三月の父親が静かに口を切った。


「sigiri、君は研究所に居たのだね。君はhumanoidではない、clone実験体だろう?」

「……はい。一研に居ました」


何年振りだろうか、自然と声が震えた。頭から冷水を掛けられたようだった。

もう疑いようが無い。この印を見てこの問いを掛けてくるのであれば、彼等は間違いなく“あちら側”の人間なのだ。

本能から、怯えてしまう。sigiriは、彼等に屈するように出来ているのだから。

腕に刻み付けられた印は、被験体に付与されるNo.だった。項の辺りにもう一箇所、同じ印が刻まれている。


「いつ?担当の者は誰かな」

「もう80年以上前のことです。研究者の名前は、Wallkinsとしか憶えがありません」

「Wallkins」


その名を繰り返したのは、葉月の父親だった。顎に手を当て、何やら記憶を辿っているらしい。


「実に高名な人物だな…殊にcloneに関しては。今でも名が残っている。君は、彼の御方に造られたのかね?」

「恐らくは。…詳細は聞かされていないので、定かではありませんが」

「master・Wallkinsの名も然り、80年前となると、我々も生まれていない時代だからね。そして我々の専門はcloneではない……お前は何か知っているか?」


葉月の父親はそう言って、妻を振り返った。

葉月の母親は先程から思案顔でsigiriを見つめていたが、水を向けられて「ええ」と小さく頷いた。


「sigiri、貴方ひょっとして…ううん、貴方の言葉が本当なら、貴方は寿命の伸長を目的に設計されたcloneなのね?」

「はい」

「昔、そういう研究があったことは聞いてるわ。そして、そのclone実験個体に関する事故があったっていうことも。…ねえ、sigiri。禁止されている筈のヒト・cloneが外を歩いてるなんて、普通では考えられないことよね?」


sigiriは沈黙している。何と返したらいいか分からない。

彼女は続けた。


「私、記録を見たことがあるのね。確かに、輸送中の研究対象が1体、消息不明になってた…身体の一部の残骸とその損傷具合から、殆ど死亡に近い扱いだったけど。…それが貴方なのかしら?」


自分の鼓動の間隔が短くなっているのが分かる。

何か口から言葉が出掛かるが、それはただの呼気になってしまって音が乗らない。

色々なことが、他でも無い自分のことが、他人の口から語られていた。

遠い、遠い、最早昔のこと―――忘れ掛けていた記憶だ。


「私、記憶力は結構良いのよ。No.********のS-class・clone。これ、貴方の名前ね。“*・*・*”」


ドク、と一瞬心臓が高鳴った。思わず胸の辺りを手で押さえた。

冷汗が噴き出してくる。知らず知らずの内に、半歩後退りしている自分に気が付いた。


「…は、い。少なくとも、No.は……それが、俺、です。その事故は…oakでのこと、ですか?」

「そうね、八研へ移送中だった筈だから」

「それで貴方、その身体なのね。ああ、ごめんなさい!悪く言ってるつもりじゃないの。ただ、事故のことは本当だったみたいだから」


ここで口を挟んできたのは、三月の母親だ。三月は彼女の後ろからこちらの様子を窺っている。


「話からすると、酷い事故だったんでしょ?よく助かったわねえ」

「事故、と言うよりは、あれは……あれは、mobの襲撃に遭ったんです」


途端に、4人の顔が険しくなった。

三月の父親が「続けて」と言い、sigiriはぽつりぽつりと独白を始めた。



突然の衝撃。

瓦礫の下に血塗れになって埋もれていたこと。

助けられ、病院で目を覚ましたこと。

失った手足、右目。それらに代わる無機質の部品を与えられたこと。

自身の存在の露呈。それに怒る人々があったこと。

名を貰い、ヒトとして、新たに生きる道を選択したこと―――


言い逃れる術などある筈も無かった。だから、sigiriは真実をありのままに語った。



*****


レポを書こうとパソに向かったら、いつの間にかラフを書いてるってオチです。←

sigiri、色々と運の無い男。よりにもよって一研で働いてる連中に拾われました。

まあ、それが逆に吉と出ることになるんだが…最終的には凶になるけど。


クローン人間は現実世界では夢の又夢ですが、この世界ではとっくに完成しちゃってます。

但し、未だ存在しないことになってる段階。一応は世界法で禁止されてるからーー


この辺の話題は、また後でuseだかsigiriだかと緑青との会話に出てくるハズ。多分。