「危害は加えないって、約束して下さるのね?」

「誓って」


sigiriがすぐさま断言すると、その女性は漸くいくらか緊張が解けたようだった。

一旦、子供達に家の中へ入るように告げると、2人は名残惜しそうにsigiriを振り返った。


「sigiri、もう行っちゃうの?もっとお話ししてよ!」

「お母さん、sigiri、迷っちゃったって。泊めてあげようよ」


ぐずる2人をあやしつけて、何とか扉の向こうへ押しやると、女性はこちらに向き直った。

sigiriは変わらず、先程2人と話していた場所に立ち尽くしている。


「こちらへいらして下さるかしら?」


sigiriは一瞬躊躇ったが、言われた通り、女性の方へと歩いていった。

少し離れた位置で立ち止まると、「もっと近く」と言われたので、更に歩を進める。

女性の目の前までやって来た。

彼女よりは頭一つ分以上の上背がある為に、sigiriが見下ろす形となる。威圧を与えてしまうと思ったが、その女性は平気な顔でこちらを見上げてきた。


何かを探している目だ。しきりに首の角度を変えたり、伸ばしたり逆に縮めたりして、こちらの顔をじっと凝視している。sigiriも暫くはその目を見つめ返していたが、居心地が悪くなって、目を逸らした。

向こうは首を捻るばかりである。こちらは、ひとつの回答を得た。

彼女は“北央の森の民”だ。その瞳に、印がくっきりと刻まれている。


「ねえ、失礼かもしれないけれど、右目を見せて下さる?」

「え…」

「お願い。じゃないと、貴方を信用出来ないから」


仕方なくするすると包帯を解くと、人工眼が露になった。「あら」と女性は声を上げただけで、さして驚いた様子は無かった。その反応に、逆にsigiriが驚いた程だ。


「ごめんなさいね、ありがとう。……うーん、変ねえ…」

「失礼ですが、俺の顔に何か?」

「うーん…」


包帯を元に戻しながら尋ねたが、女性はそれには答えなかった。顎に手をやり、しきりに首を傾げている。

あれこれと考えを巡らせているらしいが、答えは出なかったようだ。


「貴方、森の民じゃないわね?」

「はい」

「旅の方って仰ったけど、どちらからいらしたの?」

「5日程前に、Nashik西部よりこの森へ入りました」

「5日!?貴方、5日間も森の中を彷徨ってたの??」

「はあ…」


彷徨う、という感覚は無かったが、問われればそう答えるしかないだろう。

女性は目を真ん丸にして驚いていたが、sigiriのあまりに平然とした態度に拍子抜けしたようだ。


「それで、どちらへ行きたいのかしら?」

「honorukuを越えて、syronnske平原の方へ行きたいと思っています」

「ああ、あっちに行きたいのね…うーん」


女性はまた目を瞑って悩んでいる様子だったが、ちらとsigiriの方を窺うと、溜息を吐き出した。


「ここから、また空が見える場所まで、少なくとも普通の足なら半日はかかります。いいでしょう、今夜はここにお泊りになって。5日も歩き通しの方を、ここで締め出すようなことは出来ませんもの」

「いえ、それならお気になさらず。星はいくらか読めますので、そこまでの道を簡単にお教え頂ければ―――」

「森が貴方を導いたのです、私がお招きしなければ、森に怒られますわ。それに、この子達にもね」


そう言って後ろの扉を開けると、2人の子供が隙間からおずおずと頭を覗かせた。


「sigiri、帰っちゃう?」


不安げに見上げる幼い子供に、女性は優しく微笑んだ。


「さあ、sigiriの寝る場所を用意しないとね。ポットの温かいお湯も頼めるかしら?」


ぱっと笑顔が弾けると、三月と葉月は顔を見合わせてから、歓声を上げて奥へ駆けていった。

ばたばたばた、と騒々しい足音を立てて廊下を駆けていく2人に、奥の方から「こら、静かにしなさい!」と叱咤の声がかかる。どうやら、この3人以外にも人が居るようだ。

尚も呆然として立ち尽くすsigiriに、女性は悪戯っぽく笑った。


「律儀なのね、ホントに」

「…本当に、宜しいので?」

「言ったでしょう、森のお導きだって。私も貴方に訊きたいことがあるし、子供達も喜んでるみたいだし。どうぞお入りなさいな。シャワーも浴びないとね。そうそう、お食事はいかが?夕飯の残り物で申し訳ないけれど、温めますわ」

「sigiri!早くおいでよ!!」


ホラね、と女性がまた笑う。2階を見上げると、窓から三月と葉月が身を乗り出していた。

危ないわよ、という女性の声にもお構い無しだ。sigiriはそこで漸く、口元を緩めた。

女性は苦笑した。


「お疲れの所悪いけど、諸々が済んだら、子供達の相手をしてやって下さる?あの子達、ちょっと変わってるのね。あまり他の子供と遊ばないものだから、遊び相手を欲しがってるのよ」

「喜んで」


ずっと夢を見ているのではないか、と思った。

扉をくぐると、女性が先程の悪戯っぽい表情を浮かべて、囁いた。


「私達の秘密の場所へ、ようこそ。不可思議な旅のお方」



*****


見事な連続3本ラフ。これまでの鬱憤を晴らすようなこの勢い。しかもストーリィ全続きか。

Storyを書くのは少々躊躇ってたんですが、ここで書くことにしてしまった。ああ、長い。長いぜ。

Storyは、ミイラ医者の生い立ちみたいな感じです。中々に波乱万丈の(しかもちょっと長い)人生を歩んでいる為に、Storyだけでひとつのお話が完結すると言っても過言ではない。


因みに、女性は女性です。名前はありません。考える気も無ぇ(酷

因みに、この家に居る子供2人以外、全員が名無しの予定。←

形容詞+代名詞で終わらせます。多分。