3日経っても<ORANGE>の行方は依然摑めないままだった。


一方、機能停止に陥った<YELLOW>は、比較的安全圏の二研へ送られた。

突如生じた混乱の中、隊は無期限の待機命令を言い渡される。元々が非公式の部隊ということもあり、<ORANGE>の一件に関しては他言無用、今後一切の関与を禁じられた。


<RED>を少なからず驚かせたのは、<BLUE>が自身の精密検査を希望したことだ。

許可を出すに当たって、<RED>は初めてサブである<GREEN>の意見を求めた。<GREEN>が<BLUE>の異変に薄々気が付いていたことを明かすと、<RED>は素晴らしく不機嫌な顔を披露してくれた。

そういうことはすぐに報告しろ、と。

視線で殺される十分な自信があったので、<GREEN>は一応弁解しておいた。


「イヤ、そこまで深刻だとは思わなかったからさ…」


それは半分嘘であり、半分正直な所でもある。<GREEN>は常に最悪のパターンを考えている。

<RED>はそれを見抜いているのかいないのか、呆れたように肩を竦めてから許可を出した。


「…お前だけは妙な行動を起こしてくれるなよ」

「善処するよ。リーダーが一日でも早く平穏な日々を送れますように、ね」


<GREEN>は、召喚された<RED>から承認書類を受け取り、代理で<BLUE>に渡した。

<BLUE>は申し訳なさそうに頭を下げ、一研へと向かった。



そうして、今に至る。

待機命令によって出撃は有り得なかったし、<RED>は殆ど姿を見せなかったし(七面倒な喚問やら会議やらに忙殺されているらしい)、<BLUE>の検査には数日かかるとのことだった。

行動制限によって現在収容されている施設からの移動を原則的に禁じられた為、残された<GREEN>と<VIOLET>は特にすることも無く、黙然と時間が過ぎるのを待つ筈だった。


待機命令から2日目の夜、突然の訪問客が現れるまでは。


「ここに我が同胞、紫・多咫が居ると聞いたのだが?」


鋭い威光を放つ漆黒の双眸に、艶やかな黒髪。凛然たる態度を崩さない、小柄なうら若き女性。

彼女とは対照的な長身であり、綿帽子のようだと揶揄される白髪のXY型humanoid。


紫族族長の末娘、紫・黝良と、彼女の寵愛を一身に受ける護衛、紫・七七夷である。


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施設内の一室。

内心戸惑いながらも、<VIOLET>は中央の椅子に腰掛ける人物の前に跪き、神国式の最敬礼で以て、彼の主君たる紫族の長に敬意を表した。


「お久し振りです、黝良様。それから…我が兄弟、七七夷」

「仰々しい挨拶は止せ。良いから面を上げよ」


多咫が顔を上げると、“黒姫”の異名をとる黝良は、その瞳を優雅に細めた。


「久しいな、多咫。…相変わらず行儀の良いことだ、七七夷にも少しは見習って欲しいものだな」


彼女が振り向くと、後ろに控えていた七七夷は何も言わずに目を逸らした。

その反応に、黝良が口元にうっすらと笑みをのせる。それから再び<VIOLET>を振り返った。


「驚いたろう?突然すまなかった。少し前から近くには来ていたんだが、お前がここに居ると聞いてな」

「いえ。…付かぬ事をお訊き致しますが、この度は如何様な理由で国外へ?」


すると、黝良は声を立てて笑った。


「私の我侭だ、父にはまともな理由を並べておいたが。古い友人を捜していてな」

「左様で御座いましたか。御友人と仰いますと、帝国の…?」

「いいや、お前もよく知っている筈だ。巛・巳羅をな」


頷きかけて、<VIOLET>はぎょっとした。七七夷が咎めるような視線を黝良に送るのが見えた。

女傑は護衛の非難を背中で黙殺し、<VIOLET>の方を向いたまま続けた。


「知っているだろう?七七夷を私にくれた者だ。お前の名付け親でもあったかな」

「仰る通りですが、黝良様、それは一体どういう…」


巳羅は既に故人となっている。その故人を捜しているとは、一体どういう了見なのか。


「彼奴は死んだと、そう言いたいのであろう?答えは簡単だ、私はそうは思っていない。…私はな、多咫。あれの死を未だに受け入れることが出来んのだよ」


黝良は自嘲気味に、自分自身に言い聞かせるように話した。<VIOLET>は言葉を失ってしまう。

<VIOLET>とて、疑問を抱かなかったと言えば嘘になる。しかし、彼が疑問に思った所で他にどうしようもない。だから、<VIOLET>は盲目的に信じてきた。

巛・巳羅は死んだのだと。


「それでも、再会は諦めていた。何処かで生きていればそれでよいと、そう思っていた。期待するだけ空しいのは私自身がよく知っているからな。…それが、少しばかり事情が変わった」

「黝良」


後ろに控えていた七七夷が、音も無く主人の横に歩み寄った。

黝良は一旦口を閉じ、瞬きと共にそれを笑みの形に変える。鋭い横目で護衛を見やった。


「何だ?」

「無駄口が過ぎる。情報制限を忘れたのか?」

「ここは帝国だ。神国の下らない戒めなど忘れても良かろう」

「お前のお喋りに振り回される多咫の身になれ」


紫族の側近が青ざめそうな無礼な口振りだが、黝良は何も言わない。この2人はそういう関係だ。

暫く黙ったまま、黝良は目を閉じて思案していた。部屋が急に静まり返った。

ややあって、口を開いたのもやはり黝良だった。この部屋の主導権は全て彼女にあるのだ。


「…分かった。もうその話は止すとしよう。私の独り言にしておいてくれ」

「畏まりました」


<VIOLET>は胸の内のざわめきを隠す為に、深々と頭を下げた。

黝良は徐に立ち上がると、七七夷を振り返って言った。


「私は満足した。後はお前達で話すといい。隣室で休んでいるから、終わったら迎えに来い。…と、その前に。多咫、一つだけ訊いておきたいことがあるのだが、よいか?」

「何なりと」

「もし、このまま私と神国へ帰れるとしたら、お前はどうする?」


空白。

自分がどういう表情をしたのか、<VIOLET>自身にもよく分からなかった。

しかし、黝良はそこに何らかの返答を見付けたらしい。彼女は納得したように頷いた。


「お前が一日も早く戻ることを願っている。ではな、多咫。お前の顔を見れて良かった」


紫族の礼法により、左手を耳に当てて黙礼し、黝良は部屋を辞した。

残された2人は蟠った何かに遠慮しながら、お互いの視線を交差させた。


「…案外元気にやってるようで安心した」

「黝良様も七七夷も、お変わりなく」


ふ、と緩んだ<VIOLET>の表情が、俄かに厳しくなった。


「七七夷。お話ししたいことが」

「黝良の耳には入れない方が良いのか?」

「分かりません。少なくとも、私には判断しかねます……木偶と、杜・楓博士を見ました」

「…何処で?」


声は平静だが、七七夷は一瞬目を大きくした。


「私が今、こちらで所属している隊に居合わせたのです。王国領下、三研からの派遣という形で」

「隊に?楓博士がか?」

「木偶の中に博士が居ました。私が話したのは博士です」

「ああ、そういうことか…確かに、そんなキャパあったな」


なら、ここに居るのか?という問いに、<VIOLET>は首を横に振るしかなかった。

七七夷は怪訝な顔をしたが、それ以上は言えない。機密に関わるからだ。


「もう、何も分かりません」


今迄<VIOLET>の内に押し込められていたものが、堰切って溢れ出した。


「楓博士は、鳴博士は亡くなったと仰った。その楓博士だって、私は亡くなったと聞かされていたのです。一方で、黝良様は巳羅博士が御存命だと仰る。Ielyの部隊長からは何もお聞きしておりません。あの国葬は何だったのです?そもそも2年前、四研で何があったのですか?」

「多咫、落ち着け」

「楓博士ももう居ません。七七夷、私はここへ来るべきではなかったのでしょうか?鳴博士の遺命通り、Ielyを離れずにおけば良かったのではと日毎思えてくるのです。私は、私には、もう何も分かりません」


黝良め、と七七夷は歯噛みする。だから余計なことを言うなと言ったのだ。

<VIOLET>は一息に言ってしまうと、俯いて「すみません」と小さく謝罪した。七七夷は何も言えなかった。今の<VIOLET>に与えてやるべき言葉など、この世の何処を探しても見付からない気がした。


「七七夷、ひとつだけ教えて下さい。…もし、これも秘匿であればお答え下さらなくとも結構です。何故、黝良様は巳羅博士が帝国にいらっしゃると思われたのです?」


七七夷は<VIOLET>を更に混乱させることに抵抗を感じたが、<VIOLET>の諦めにも似た悲しげな表情と、自嘲めいた言葉に居た堪れなくなって答えた。


「lapp付近で博士を見たと、そういう情報があったからだ。…近くに居たのは確かだが、帝国に来たのはお前に会う為だ。多分、帝国に催促する意味でもあったんだろうが」

「……そうでしたか。有難う御座います、七七夷」


様々な衝撃を堪えつつ、<VIOLET>は弱々しく笑った。

lapp付近。杜・楓博士が杜・木偶諸共姿を消した場所。この奇妙な符合は何を意味するのだろう。

ひとつ疑問が解消する度に、また新たな疑問が湧いて出る。

求めても求めても、答えなどありはしない。


もうとっくに、<VIOLET>は絶望に打ち拉がれていた。


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「リーダー、帝国と神国の契約期間はいつ切れる?」


藪から棒に近い<GREEN>の質問に、<RED>は小さく眉根を寄せた。

否、後ろめたさから返答を渋ったのか。


「…実際、とうに切れている」

「やっぱりね」


<GREEN>は嘆息した。それから<RED>に向き直り、口調をやや強めて言う。


「リーダー、多咫を早く返そう。彼はここに居るべきじゃない」

「何故そう思う?」

「生みの親の、それも遺命に逆らい続けてる今の状態は、多咫のAIに良くない。winkerなら感情に任せて爆発させられる。でも、多咫はそうじゃない。それはリーダーも知ってる筈だ」


出された名前に、<RED>はちらりと感情を疾らせる。

しかし<GREEN>の言葉には答えず、釘を刺しておくに留めた。

「勝手な真似をするな」と。



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長過ぎ。まずいぞ、今回は揃いも揃って長編だらけだ。

そして遂に、自己2次創作キャラがおいでなすった。今、マイワールド内での統一化が進んでいるので、こんな奴がひょっこり出て来たりする(笑


色々詰め込んだ所為で、あちこちに文章的な違和感を感じるな…。くそう!

誤字脱字があったら笑ってやって頂きたい。もう駄目だ、見直してる余裕が無い。