「おい、早く切符買おうぜ」
「分かってるよ」
少女は言われなくとも心得ている、とばかりに『彼』をひと睨みしてから窓口へ足を向けた。
係員に行き先と時間を告げ、鞄からカラフルな財布を取り出す。少女のお気に入りだった。
『彼』は少女の横で大人しくしていたが、少女に任せておくのは不安なのか、ちらちらと視点を動かした。
「キョロキョロしないでよ、馬鹿」
「本当に学割効くのかよ?」
「うん。マスターまでいくと使えなくなっちゃうんだけど」
2人分の乗車券を少女が受け取り、1枚は少女から『彼』へ渡された。
「あ、時間やばい!ホラッ、早く行こっっ」
「だから言ったろ、馬鹿」
少女が駆け出すと、『彼』はやれやれ、と肩を竦めてから後を追った。どうやら小言は聞こえなかったらしい。
既に月の高い夜更けということもあってか、駅構内に人はまばらだった。ばたばたと騒々しくホームへ走って行く2人に、擦れ違う人々は好奇と嫌悪の眼差しを向けた。
ホームへと続く階段前へ出た所で、突如向かいから人混みが押し寄せてきた。列車が到着したのだ。降りて来た乗客に進路を阻まれ、たった2人の逆流は成す術無く勢いを殺されてしまった。
ホームでは発車を告げる笛が鳴り響いている。
「ちょっと、どいて…すいませーん!乗ります!!ってか乗るから待てやコラ!!」
「…何だよその無茶振り」
少女から少し離れた位置で同じくもがいていた『彼』は、勢い良く踏み込むと瞬時に少女を連れてホームへ躍り出た。二足目で一番近い車両の中へと飛び込む。
抱えられた少女の、ツインテールの金髪が掠るかどうかというタイミングで、扉が閉まった。
車輪が軋み声を上げて、ゆっくりと動き出す。
「あー危なかった…」
「だから言ったろ」
『彼』は無造作に少女を床に下ろすと、さっさと歩いていってしまった。座席は後部車両にあるらしい。
「ちょ、ちょっと待ってよ」少女は乗客の視線から目を逸らしつつ、その小さな背を追っていった。
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列車が線路を走っていく。カタコン、カタコン、カタコン。
4階まであるどっしりとした車両なのに、こんなにも軽快な音を響かせて走るのだから不思議なものだ。
『彼』は少女と向き合う形で座っていたが、視点は窓の外に向けられていた。
群青色の世界に、月明かりだけが煌々と降り注いでいる。見渡す限りの空っぽの土地。所々に生気の無い木が生えている以外は、だだっ広い乾燥した地面が広がっているだけだ。
「ねえ」久し振りに、少女が口を開いた。
「何だよ」
「……何でもない」
一度、少女を見やると、少女は窓の外を眺めていた。
『彼』も視点を戻した。
と、―――轟音と共に視界が黒に吸い込まれた。トンネルだ。
少女はつまらなそうな顔をして、手元に視線を落とした。『彼』は変わらず黒い窓を見ている。
さして長くもないトンネルを抜ければ、雪の降り頻る幻想的な世界がたちまち現れる。
もう慣れっこだが、最初に列車に乗った時は驚いたものだった。
少女は窓の外が明るくなった途端、口元を綻ばせ、窓枠に手をついて身を乗り出したが、すぐに体勢を戻した。大人げないと思ったのかもしれない。『彼』の前であるから、尚更に。
『彼』は黙ったままだった。
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目的地は、到着駅からさして遠くもなかった。
庭先で忠実な飼い犬の歓迎を受け、そのまま家の中へと案内される。
「お邪魔するよ」
「やあ、久し振りだね」
玄関の扉を開けると、奥の椅子に座っていた人物が振り返った。少女とは親しい仲だ。
暖炉の明かりで床に大きな影を伸ばしているのは、その人物の傍に横たわる巨大な生物だ。こうして見ると、巨大なクッションに見えなくもない。案内役の大型犬は主人の元へと駆け寄っていった。
「ゆっくりしていくといい。任務は明日なんだろ?」
「うん。あー、外寒かった」
「こっちへおいで、暖まるよ。ほら、キミも」
「…俺は、いい」
そもそも、『彼』は寒さを感じていなかった。『彼』にとっての温度の問題は、オイルが凍るか鉄が溶けるか、くらいだ。
『彼』は「先に部屋へ行ってる」とだけ言い残して、階段を上って行った。主人の足元で丸くなっていた飼い犬が、慌てて案内に走った。
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少女が部屋の扉を開けると、照明は点いていなかった。
しかし『彼』はすぐに見つかった。正面の窓の前にある椅子に座って外を眺めていた。
月の光で薄くなった暗闇の中で、『彼』の耳部分に描かれたピンク色の二本線がぼんやりと光っている。
暫くそれに見惚れてから、少女は『彼』に近付いていった。
「何見てんの?」
「別に」
「…怒ってる?」
「いいや」
「ね、こっち向いて」
『彼』が振り向くと、少女は唐突に抱き付いた。
ひんやりとした合金の感触がする。驚いたらしい『彼』は視点を明滅させた。
「ゴメン。明日は頑張ろ」
「な、何だよいきなり」
「何でもない。何となく謝りたかっただけ」
「離れろよ」
「やだ」
身動ぎしていたが、やがて無駄だと諦めたのか、『彼』は抵抗を止めた。してやったり、と少女は微笑む。
「ねえ」
「今度は何だよ」
「明日はお願いね?」
「…おう」
「明日も、明後日も、明々後日も、その先も、ずーっと、よろしくね?」
「おう」
「分かったから離れろよ」という『彼』の言葉にも、少女は悪戯っぽく笑顔を返すだけだった。
呆れたように肩を小さく竦めてから、『彼』は再び外に視点を戻した。少女もそれに倣う。
外ではしきりと雪が降り積もっている。
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記録を辿ってみたら、一年以上前の夢オチからサルベージ。
幸せ過ぎるこの夢。見た時の記事がかなりアレで自分でも笑った。ていうか、タイトルがアレ過ぎるだろ(笑
内容の方はかなりデフォルメしてますが、大方はこんな流れだった。
『彼』がメダなんですよ(←判っちゃうとハズカシイので省略語オンリー)。だから小っさい。
で、少女のパートナーやってると。まあ、置き換えて言うならアレだ、ソウルイーターのソウルがメダになった感じだ(通じない比喩だな)。少女もマカっぽいし。
自己満120%ですが、幸せな夢だ…。何つってもメダが。。