綴じられた何枚かの書類を、大して興味も無さそうにぱらぱらと捲る。

6つの書類それぞれに一通り目を通した後、頬杖をついて窓の外を眺めた。

lactomは、まだ遠い。


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(…流石は二研のhumanoidだな)


<RED>は目の前に座る<BLUE>に視線を戻した。


「大方問題無い。単独での戦闘能力と命令遂行能力、その経験値を高く評価してる」

「あ、ありがとうございます!良かったぁ…」


やや緊張していた様子の<BLUE>は、ほっと肩を撫で下ろした。

<RED>は眉を上げて<BLUE>を見やる。


「何がだ?」

「あ、いえ…迷惑を掛けてはいけないと思ったので」

「その心配は不要だな。…ああ、苦情は数件来てるが」

「えっ!?な、何ですか?僕、何かマズイことしました…?」

「『作戦中にへらへらするな、フザけているのか』。…この類の苦情が3件。因みに、1件は隊内からだ」

「あ…」


両者に大いに思い当たる節があるので、微妙な沈黙があった。

<RED>はほんの少しだけ口元を緩め、<BLUE>は恐縮して頭を下げた。


「す、すいませんでした…。あの、別にへらへらしているつもりではないんですけど…」

「分かってる。普段の行動を見る限り、特に欠陥があると疑われることも無いだろう。苦情に関してはその都度対応しておく」

「ありがとうございます!僕も、一応…気を付けます。出来たら」


そう言って改めて頭を下げ、顔を上げた表情はやはりいつもの笑顔だった。


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「好い加減、見た目と中身を統一しろ」


開口一番、<RED>は相手を見向きもせずに言った。

<ORANGE>は腕組みして背凭れに体重をかけ、天井を仰ぐ。


「…お前がXYかXXかで、兵士の間じゃ賭け事をする者まで出ているらしい。軍内部での士気や統率にも影響する。面倒が起きる前にお前自身で対処しろ」

「面倒?」

「お前の出所を詮索する奴が居ないとも限らない」

「成る程」


<ORANGE>はかくん、とこちらに首を戻した。宛らmarionetteのような動きだ。


「それは勿論、中身の?」

「外見が対象になれば、中身もそうなるのは必然だろう」

「それもそうねえ」


恍けて言うと、<RED>の眼光が鋭さを増した気がした。赤い瞳がrigaを連想させる。

結構本気にしてるらしい。


「冗談」

「俺の前で二度と冗談を言うな」


<ORANGE>はさっさと退散することにした。


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「φ、怒ってる?」


入って来た<INDIGO>は、椅子に座っている<RED>と足早に廊下を歩いていった<ORANGE>の背中とを交互に眺めた。<INDIGO>を呼びに行かせてからまだ数分、なかなかのタイムだ。

<RED>は「いや」と軽く手を振り、椅子に座るよう促した。


「脚の具合はどうだ?」

「うん、もう大丈夫。次からは出られるよ!」


両脚をぴょこぴょこと上げ下げして、<INDIGO>は屈託無く笑った。

先の戦闘で負傷して以来、<INDIGO>は待機を余儀なくされていた。彼は暇を持て余すのが嫌いだ。


…こんな風に、少しずつ少しずつ、この少年の命は削られていくのだろう。

彼はそれでも構わないと言った。自分もその意志を承諾した。

そうして彼は今、ここに居る。


「ところで、お前の生活態度に関する苦情が126件来てるんだが」

「なんで?」

「お前に問題があるからに決まってるだろ」

「じゃあ、直さないとね」


お前が生きている間に、一体どのくらい直せるだろう?

<RED>の悲観的な想像を打ち消す程に、<INDIGO>の笑顔は明るかった。


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一転、無愛想な表情が既に地顔として認識されている<YELLOW>。

<RED>は手元の書類を机上に置き、指先でとん、と叩いた。


「命令違反が11件。通常ならとっくに銃殺刑にされてる所だ」

「銃じゃ俺は殺せない」

「そういう問題じゃない。勝手な行動をするな。これは警告でもあるんだぞ」


そう言うと、<YELLOW>は初めて興味を示したように<RED>の目を見た。


「どういう意味だ、それ」

「九研に戻りたければ大人しく命令に従え、ってことだ。訊くが、俺に従うのは不満か?」

「…いいや」


<YELLOW>が素直に答えたので、<RED>は些か拍子抜けした。


「vermillionに従うよりは、ずっといい」


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もう一度内容を確認してから、<RED>は「完璧だな」と軽く頷いた。


「軍内部でもお前の価値を称賛する人間は多い。本当に、巛・鳴博士は素晴らしいhumanoidを造ったものだ」

「私には勿体無い御言葉です」


<VIOLET>は謝辞を述べ、丁寧に頭を下げた。


「俺から話すことは特に無い。お前から何かあれば聞くが?」

「…許可されるのであれば、自分の契約についてお訊きしたいのですが」


<RED>は書類を捲っていた手を止め、<VIOLET>の顔を見た。

彼は神国の軍事施設に所属するhumanoidであり、四研で生まれて以降Ielyへ永久派遣されている。処分命令が下るか、若しくは何らかの事故によって破壊されるまでIelyで働き続けることが彼の使命だ。

その彼がIelyを離れているという事実。これだけでも、裏に何らかの取引があったことは十分に想像し得る。

加えて、<VIOLET>は優秀過ぎるくらい優秀なhumanoidである。


「…悪いが、それに関しては許可出来ない」

「分かりました。失礼致しました」

「すまない。…<VIOLET>、こっちでの生活は嫌いか?」

「いいえ。皆さんがとても良くして下さるので」


早く戦争が終わればいい、と<RED>は思った。

<VIOLET>はここに居るべきでない。彼程忠義に厚い人形にとって、生みの親から受けた命令を遂行出来ないこと程心苦しいことは無いだろうから。


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その姿を見ると顔を顰めるのが条件反射になってしまったようだ。

なるべく早めに矯正すべきだな、と<RED>は自覚した。


「リーダーお疲れ~。中間報告?大変だねぇ、隊長ってのは」

「報告書作成というより生活指導の方が正しい」

「言えてる」


お前に関しても例外じゃない、という言葉を呑み込んだ。余計な無駄話をしたくない。


「で?俺には何の話をしてくれるのかな」

「決まってるだろう。“亡霊”に関しての話だ」

「…予想はしちゃいたけど、随分ストレートに訊くね」

「お前のことだ、その情報を引き出す為にここへ置かれてることも承知済みだろう?」


<GREEN>は「まあね」と軽く受け流した。


「でもさ、俺は亡霊じゃないって言ったっしょ?」

「Kronnmellで製造されたhumanoidは全て亡霊と看做される。当然お前も含まれる」

「……言ってくれるね、模擬人格で動いてる宗主帝国のガラクタ風情が」


<RED>が目を上げると、<GREEN>は口元に薄い笑みを浮かべていた。


「何だと?」

「あれ?亡霊がcloneの出来損ないから造られてるってことくらい、御存知の筈ですよね。隊長殿?」


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報告会議の後、<RED>は部屋で暫くくつろいでいた。


テストは終わった。まあまあの結果は出している。実力もあると判断された。

そうなれば、これから先にあるのは何か?

次の段階に移される。


この戦争が終わる時、7人の内何人が残っているのだろう?

<RED>は想像しようとして、やめた。彼ら人形が未来を考えることなど、滑稽に思えたからだ。


それよりは、今の時間を大切にした方が良いのかも知れない。

柄にも無くそんなことを考えた。


そうだ。lactomはまだ遠いのだから。



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ラストはオールスターズ再び。なので長い。

これでも削った方なんだ…。だから会話が中途半端過ぎて笑える。

そしてやっぱり8月ギリギリになるという罠。