部屋の扉を叩いたのと同時に、室内から派手な破壊音が聞こえてきた。続いて、硝子の類が散らばる音。

ノックした姿勢のまま、<GREEN>は隣に居た<ORANGE>と顔を見合わせる。


…俺、何かした?

イヤ、してない。多分。


無言の遣り取りの直後、扉が内側に勢い良く開いて、部屋の中から小さな(<GREEN>からすると小さな、である)物体が飛び出してきた。それが何であるかを認識する前に、突っ立ったままの<GREEN>は強烈なタックルを喰らって吹っ飛んだ。

「おわっ?!」という情けない声と共に、<GREEN>が<ORANGE>の視界から消える。次の瞬間には、廊下に大の字になって転がっていた。

その腹の上に、もう一人の人物。<ORANGE>は右目を大きくした。


「winker!?」


飛び出て来た<INDIGO>にとっても予想外だったらしく、彼はのろのろと<GREEN>もろとも倒れた身体を起こした。そのまま起き上がって離れようとした所を、<GREEN>が素早く腕を掴んで引き戻す。

<INDIGO>がきっと顔を向けた。


「お前、何で泣いてるんだ」


<GREEN>のその言葉に、<ORANGE>がはっとしたように室内へと踏み込んだ。正面の壁にはめ込まれた窓硝子が割れ、周囲の床に硝子の破片が飛び散っている。割れた窓を背にして<RED>が立っていた。服についた破片を軽く払うと、<RED>は今初めて気が付いたかのように2人を見やった。


「…何か用か?」

「用か、じゃないだろ。何があった?」

「異動命令を出しただけだ」


は、と2人揃って口に出す前に、<INDIGO>が激しく泣き始めた。あまりに突然だったので<GREEN>も目を丸くしている。<INDIGO>は上半身だけ起こした<GREEN>の胸に顔を埋めて、声を上げて泣いていた。

流石に動揺したらしい<GREEN>が<RED>を見上げて言う。


「ちょ、ちょい待ってくれよ。異動?ってことは転属になるのか??んなこと聞いてないぞ、俺」

「お前に話す必要性が何処に在る」

「…少しくらい相談してくれたって良いもんじゃない?俺、一応サブなんだしさ」

「必要無い」

「さいですか」

「勝手なことを言うな」


<ORANGE>が珍しく怒気を露にして<RED>に詰め寄った。


「俺達に何の話も無く異動だと?そもそもrigaの許可は取ってあるのか?」

「ここはmaster・rigaの権威が及ぶ範囲でない。人員の要不要を判断するのは俺だ」


<RED>の無感情な眼差しに抵抗するように、<ORANGE>の右目がきゅっと細められた。

<INDIGO>ただ一人を外す理由は、何の説明を受けずとも恐らく全員が理解している。しかし<INDIGO>だけは問い質した筈だ。彼にはそこまでの知識が無い。


「……お前、winkerに何て言った?」

「そんなことを知ってどうする」

「いいから話せ」


好い加減嫌気が差したのか、<RED>は不快を露にして短く溜息を吐いた。


「…後方支援部隊への異動命令を出した。理由は脆いから邪魔だと言った。以上だ」

「、以上って、お前…!」

「こら、ちょいヒートアップし過ぎだぞ」


<RED>に掴み掛かりそうな雰囲気の<ORANGE>を、背後から<GREEN>が制止した。


「リーダーの言う通り、超カンタンにぶっちゃけて言えばそういうこった。あまりに直球過ぎて感動するけどな」

「それはwinkerの所為じゃないだろ!?」

「そんな議論は不毛だね。とりあえず今は関係無い話題だ。現時点で彼が機械仕掛けでない事実、これが全て。…そうなんだよ、winker」


嗚咽を洩らしている<INDIGO>に対して、<GREEN>は優しく言った。


「安心していい、お前は一つも悪くない。誰もお前が人形でないことを責めることなんて出来ないんだ。自分がロボットじゃないからって、お前自身が罪の意識を持つ必要性は何処にも無い」


<INDIGO>は肩を震わせながら無言で頷いた。<GREEN>がいつものようにその頭を撫でてやる。

可哀想だよな、と<GREEN>はつくづく思う。

そもそも彼を選ぶべきではなかった。隊の結成当時から彼を除くメンバー全員の頭には疑念があったろう。

「何故こんな所にナマモノが居るのか?」と。


「でも、ぼくはもろいから、すぐにこわれるから、じゃまだって。もういらないって、φが、いった」


漸く顔を上げた<INDIGO>は、両目いっぱいに涙を溜めながら<GREEN>を見上げた。不安げな深い群青の瞳が揺れている。

その様子を見て、「リーダーはホント、言葉が足りねえなあ」と<GREEN>は苦笑した。


「邪魔だから出てけってのはさ、お前に死んで欲しくない、っていうリーダーの気持ちの裏返しだよ。だって、そうだろ?ンなすぐに壊れちまうよーな使えない奴はさっさと壊すに限る。本気で邪魔だったら、寧ろ自分等で殺る方が手っ取り早くて楽だしぃー?」


<INDIGO>はぱちぱち、と大きな目を瞬かせた。溜まっていた涙が零れたが、もう目元に涙は滲んでいない。

<RED>がまた溜息を吐いたような気がしたが、<GREEN>は構わず続けた。


「そうしないでお前さんを他所の、しかも前線に立たない支援部隊に送るってことは、リーダーがお前さんのことを大切に思ってる何よりの証拠だ。解るか?リーダーはお前に死んで欲しくないだけなんだよ」


<INDIGO>はこっくりと頷いた。


「でも、それがお前さんの意志と違うのなら、それはちゃんと言わなきゃ駄目だ。泣いて暴れたって何の解決にもならない。リーダーからお前に伝わらなかったように、お前からリーダーにも伝わらないよ。…お前は、ここに居たいんだろう?だから泣いたんだよな」

「うん」


もう一度、<INDIGO>が頷く。<GREEN>は歯を見せて笑った。


「じゃあ、それをちゃんと伝えて来い」


<INDIGO>は暫く<GREEN>の顔を見つめていたが、ややあって「うん」と力強く頷いた。

赤く腫らした両目を乱暴にこすり、くるりと振り向いて<RED>を真っ直ぐに見据えた。


「φ、もう一回、話していい?」


<RED>は露骨に嫌な顔をしたが、拒否はしなかった。


「……部屋に入れ。お前等2人は廊下で待機。脱走した際は確実に捕えろ」

「了解であります、隊長殿。さ、行って来い」


ぽん、と背中を押すと、<INDIGO>は一度<GREEN>を振り返って「ごめんね」と小さく言った。それが体当たりへの謝罪であることに気が付き、<GREEN>は「気にすんな」と笑って返す。

<ORANGE>は呆れているのか安心したのか、もう何も言わなかった。



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超絶書き難かった(寧ろ憎かった)6th。何なんだコイツ!!と内心絶叫しながら書いた。

テーマは決まってたんですよ。ただ、詰め込みたい要素が多過ぎてたった1記事じゃとてもじゃないが収まらない量になった…。RAINBOW.に関してはどの話も大体同じ位の文量で書こうと思ってるんで、なかなかに縛りがキツかったりする。


あっちを端折ったりこっちを削ったり、下書きで保存したプロットは5つを越えた(涙

最終的にupしたのは↑ですが、入れたい要素を大量に排除したので遣る瀬無い感じ。

でも、多分これ以上考えてもこれ以上にはならない気がする。と言う訳でup。