キリの良い所まで読み終わってから本を閉じ、小説の世界との接続を絶った。
普通のコピー用紙より少々粗めの、しかし藁半紙よりは上等な紙の感触が未だ指先に残っている。この感触も、本を買うきっかけの一つだった。
氷が溶けて上部分だけ透明度が増したアイスコーヒーを飲み干し、掌についた水を適当に拭う。
黄色いトレーの横に置いた携帯電話がアクセスサインを示していた。青白い光が一定間隔を置いて点滅する。内容を確認すると、今度の日曜に結婚式を控えた友人からだった。披露パーティーには自分も招待されている。
文面に簡単に目を通して返信する必要の無いものだと判断すると、トレーと鞄を手に立ち上がった。
店の外へ出ると、生温い風が肌を撫でた。思ったよりも蒸し暑さは感じられない。
すぐ横にある駅の改札口まで、色褪せた歩道を歩く。ロータリーの中心にあるモニュメントは未だ何を表現しているのか不明だ。尤も、何も無いよりはいいのかもしれない。
向こう側に見える商店街の入り口を見ると、横に流れていく光文字やでかでかとした看板が目に賑やかだ。ゲートの足元に立つスポーツバッグを提げた坊主頭の清純そうな少年が、背景に大分ミスマッチだった。周囲の人間は皆背景の中に溶け込んでしまっているのに、彼だけはその輪郭だけ切り取られたかのようにはっきりと認識出来た。
先程の店で受け取ったレシートを丸めて、左手でくしゃくしゃと手持ち無沙汰に握りながら改札を通った。改札の目の前にある電光掲示板を見上げると、次の新宿線下り方面に来るのは特急。その下に表示されている次の次の電車の欄はお知らせ表示で、今は駆け込み乗車を制止する文面が流れている。この文が終わるまで待たなければならない。
このお知らせ表示には毎度イライラさせられることが多い。馬鹿みたいに掲示板を見上げながら、暫くその場に立ち尽くして丸めたレシートを弄んでいた。
漸く文面が流れ終わり、次の次の列車が各停本川越行であることを知る。大抵は新所沢行が来ることが多いので、ラッキィ、と内心で呟いた。時間を確認して店に入ればいいだけのことであるが、何故か自分はそうしない。これまで一度もそうしたことが無かった。恐らく、時間を確認しても気分ですぐに予定を変更してしまう性の為だろう。
発車時刻を確認し、最寄駅ホームの改札前に着く車両のドア位置に移動した。
反対側のホームの屋根の向こうにもくもくと入道雲が発達していた。真っ白なのに、やけに立体感が感じられた。夕立でも来るのだろうか。そういえば、この夏に入道雲を見たのは初めてのような気がする。
すぐ近くに立っていた駅員の背中に密かな憧れを抱きつつ、携帯を取り出して親に電話を掛けた。
何か買い物があれば、ついでに迎えを頼もうと思ったのだ。特に無ければバスで帰るつもりだった。親は丁度買い物に行こうかと思っていた所だったらしい。電車の発車予定時刻を告げて、電話を切った。
携帯を鞄に仕舞う所で特急のアナウンスが流れてきた。駅員がマイクで注意を喚起する。
途端にホームは騒がしくなる。カンカンカン、と近くの踏切の遮断機が鳴り出し、レール間の黄色いライトがくるくると回転を始める。女性のアナウンスは特急の停車駅を告げ、切符の購入を勧める。もう間もなくグレーの車両がホームに滑り込んで来ることだろう。
鞄の外ポケットからiPodを取り出し、音量をやや大きめに設定した。
電池が半分以下に減っていた。
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日常の1コマ。文章説明能力向上を目指して。まだまだ簡潔な方。
小説読んでて思うのは、もっと語彙が欲しいってこと…。読み切り雑誌を買ったんですが、勉強になる…
#01とか書いたけど、次があるのかはナゾ。