響いてくる足音に気が付いたのは、少し前からのことだ。
段々と近付いてくるそれを、<ORANGE>はじっと耳を澄ませて聴いていた。
別に、これといって目的は無い。ここ暫くの戦闘で癖になった所為だろうか?
自分を殺しにくる足音と今聞こえている足音と、一体何が違うと言うのだろう。
ややあって目の前の窓に映った人物を見て、<ORANGE>は予想が的中したことに密かに満足した。
後ろを振り向き、それが本物であることを確認してから立ち上がった。
相手は同じくらいの長身である。確か設計上では自分の方が僅かに高かったか、と思い出した。
<ORANGE>の前まで来て足を止めると、<VIOLET>は丁寧に頭を下げた。
「お久し振りです、杜・楓博士」
<ORANGE>の苦笑は、彼に伝わっただろうか。
時刻はam0:00を少々回った所だ。
小休憩スペースのような展望台には、今は2人の他に誰も居ない。既にメインの照明も落とされており、光量を抑えたダウンライトが点々と灯っているだけで、周囲は薄暗い。
窓の外は闇に覆われている。今夜は月も出ていない。
<VIOLET>がゆっくりと顔を上げるのを待ってから、<ORANGE>は言った。
「何のことだ、<VIOLET>?」
「失礼ながら、例の少年が貴女のことを口にした時、すぐに理解致しました」
winkerめ、と<ORANGE>は胸の中で小さく悪態を吐いた。
「御挨拶が遅れましたこと、これまでの御無礼と重ねて御詫び致します。申し訳ありません」
「そんなものは要らないわ。…久し振りね、多咫」
<VIOLET>はにっこりと笑顔を作った。
「やはりその外見ですと違和感がありますね、楓博士」
「貴方相手に演技しても空しいだけじゃない。分かってるなら尚更よ」
「はい」
それで、と<ORANGE>は<VIOLET>に向き直った。
「どうするつもり?三研に通報する?それともIelyの上司へ報告するのが先かしら?」
「私は何の命令も受けておりません。御安心下さい」
「寛大ね。貴方は気にならないの?」
「そのような権利を持合せておりませんので」
「知りたいのね」
「それは勿論。しかし、楓博士の御無事を確認出来ただけでも十分です」
四研が放棄されてから既に2年が経過している。
彼の生みの親も楓も、死亡確認はされていない筈だ。両者共に扱いは『消息不明』。
しかし、恐らく彼にはそういった類の情報は回されないだろう。人間でないものには数多くの制限が付与される。
特に、彼に関してはそうだ。大方、『関係者全員死亡』とでも聞かされたのだろう。「鳴のことは?」
「聞き及んでおります」
そう言って、<VIOLET>は暫し目を閉じた。まるで死者に黙祷を捧げるかのように。
その反応を見て、<ORANGE>は口を噤むことに決めた。
彼は、まだ生みの親の死を悼んでいる。未だに忘れられないのだろう。
「…そうね。貴方には話さない。その方が貴方にとっても良いと思う。私の勝手な判断だけど」
「有難う御座います、楓博士」
「ただ、私の所為で変に期待を持たせるのは可哀想だから、これだけははっきり言っておくわ。鳴は死んだ。私が遺体を確認した」
「はい」
「うん。…それだけ」
<ORANGE>は頷いた。
「ところで、昨日の戦闘、見事だったわ。流石ね」
「木偶の盾っぷりも見事でした、という感想は失礼に値しますか?」
「言うわね」
「申し訳ありません」
謝りながらも<VIOLET>は微笑んでいる。
その表情を見て、<ORANGE>は少し安心した。
「正にオールマイティな兵士、って感じよ。相当鍛えられたみたいね?」
「我々はそれだけのものを常に求められています。御期待に添えるよう努力するのは当然のことです」
「紫族の主人は、優しい?」
「皆良い人ばかりですよ」
「そう。それなら良いの」
彼が幸せなら、それで構わない。
楓にとって、自身の姓を与えなかった彼の生みの親の行動は理解し難かったが、結果的にそれで良かったのだ、と今になって漸く納得することが出来たと思う。
「貴方は紫族の約束。紫族と巛族を繋ぐ絆なの。だから絶対に死んでは駄目。きっと、巛族の誰もが貴方に感謝しているわ。巳羅と鳴は一族の誇りよ」
「はい」
歯切れの良い声で応えると、<VIOLET>は今一度、深々と頭を下げた。
彼と初めて会った時のことを思い出す。鳴の後ろに行儀良く控えていた姿。
少し罪悪感が残った。だが、話す訳にはいかないのだ。
まだ、今は。
「勿論、獏族や杜族とも、ね。そういえば、七七夷と咼羽子には会った?」
「はい。2人共、木偶のことを話していましたよ。…楓博士、もう神国には戻られないのですか?」
「さあ…分からないわ。いつか戻るかもね」
「御申しつけて下されば、いつでもお迎えに上がります」
「ありがと、多咫」
さがしものをしている。
それを見つけるまで、故郷に帰るつもりは無い。
四研が放棄されたあの日、鳴の死体はこの目で確認した。しかしもう一つの死体は見つからないままだ。
巛・巳羅。<VIOLET>を造り上げた巛・鳴の親友にして、<VIOLET>の名付け親である。
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伏線張りまくり。しかし一本も拾う気は無いという放置っぷり。
最初に考えてた内容とかなり変わったな。最初は何故か2人共喧嘩腰だったからな。
神国は多民族国家なんで、色々と民族間での細けぇ諍いが多いっていう面倒臭い背景アリ。