突然渡された連軍本部付の令状。

ふざけた部隊名。

非公式の召集。


嫌な予感はどれだけしてもし足りなく、良い予感はこれっぽっちもしなかった。


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<BLUE>が扉の前に立つと、少し黴臭いにおいがした。


「妙な行動はするなよ」


案内した軍服の兵士は、<BLUE>をじろりと一瞥した。

連軍に召集されるのは初めてではないが、研究所を出ると肩身の狭い思いをするのはいつも同じだ。

仕方無い、と<BLUE>は思う。人形を殺す人形は、人間だって殺せるのだ。


律儀に2回ノックしてから、<BLUE>は扉を開けた。




その部屋に入ってから、既に10分が経過しようとしている。

奇妙なことに、誰一人として口を開く者は無かった。<BLUE>を含め部隊のメンバー全員が揃っていたが、そこにあるのは重っ苦しい沈黙のみだ。さして広い空間でも無く、それだけに相手との間隔が妙に気になる。

居心地の悪さを感じた<BLUE>は、思い切って発言した。


「宜しいでしょうか、あの…隊長殿?」


<RED>は、視線を上げてちらりと<BLUE>を見た。

見て、そのまま視線を下げた。

終了。


(…え?)


無視されたこと以上に、<BLUE>はあることに驚いていた。

<RED>の顔が、彼の上司に当たる人物の一人と瓜二つだったからだ。


「ねえ、φ。この人、φのこと呼んでるんでしょ?答えてあげなよ」


傍目から見た<BLUE>の危機を救ったのは、意外にも彼のすぐ隣に座っていた一番頭の弱そうな少年だった。

親しげな調子で話し掛けた辺り、<RED>をよく知る人物なのだろうか。<BLUE>はこっそりとその横顔を窺ったが、随分幼い印象を受ける。

しかし、やはり<RED>の返事は無い。


「ねえ」

「……」

「ねえってば、φ!」

「……」


隊長、若しくはφと呼ばれた<RED>は、一度肩を竦めてから漸く口を開いた。


「…何だ、<BLUE>?」

「は、はい!えーと、その…僕等は今、一体何をしているんでしょうか?」

「別命あるまで待機」

「(それは知ってます)で、では…このような形で隊を編成することになった理由というのは?」

「知らん」


以上。会話終了。

再び沈黙の幕が下ろされるのかと思いきや、この部屋の張り詰めた空気をものともしない、遠慮とは無縁な(陽気さえ感じられる)声が明るく響いた。


「ねえ、ヒマだね?」

「えっ?あ、はい、そうですね。ええと…<INDIGO>さん」


それが自分に向けて発せられた言葉だと気が付き、<BLUE>は慌てて振り向く。

先程、助け舟を出してくれた少年だ。微笑で返すと、相手の笑顔がみるみる大振りになった。口元に白い歯が覗いている。(やけに犬歯が発達しているように見えるのは気の所為だろうか?)


「winker、でいいよ。<BLUE>は何て名前なの?」

「cyan、です。宜しくお願いしますね」

「あのね、φはいっつもあんな感じなんだよ。ぶすーっとして、何もしゃべらないの。あれが普通だから怒らないであげてね。あと、marioも僕と同じ所から来たんだよ。marioって、ホントは女の子なんだって」

「?お、おんなのこ、ですか?えっと、marioさん、というのは…」


<BLUE>がきょろきょろと首を巡らせていると、控えめに挙げられた手が視界の端に映った。

何と、少年と反対側の隣席に座っていた人物ではないか。


「<ORANGE>さん?…あの、失礼ですが型はどちらでしょうか」

「XY」

「嘘つきー。うっそだー。女の子だって、riga言ってたもん」

「……」

「でも、どこからどう見ても男性的ですよ?winkerさん」

「まあ、そんなことがあったって良いんじゃないか?面白い」


割って入って来たのは、<BLUE>の真向かいに座る軽そうな男。

この場に居る者は<BLUE>にとって面識の無い人物ばかりだったが、その中でもこの<GREEN>の経歴は特異なものだった。上司に聞いた所に依れば、かの“亡霊”だとか。


「リーダー含め、君達3人は一緒の所から来た訳か。cyan、だっけ?君は確か二研に居たな」

「はい、僕も貴方をお見かけしました。失礼ですが、所属は…」

「Kronnmell。やっぱそこ、気になる?」

「いえ、そういう訳では」


上司が人質を取ったとかどうとかで、何やらちょっとした渦中にあった人物だ。

思ったより気さくそうな人柄で、<BLUE>は少し安心した。


「…Kronnmell?あの亡国Kronnmellか?」


会話が丁度途切れたのを見計らったか、<ORANGE>が口を開いた(尤も、マフラーで覆っていて口元が見えないので、本当に口があるのか定かではない。正確には「声を発した」)。


「んー?そうだよ。ホントは女の子の『mario』ちゃん」

「……(無視)」

「冗談だって!安心していい、俺は“亡霊”じゃないから。君等を殺そうなんては思ってない」

「ぼーれーって、なに?」

「お前は気にしなくていい」


<INDIGO>の素朴な疑問を一蹴したのは、先程からだんまりを決め込んでいた<RED>。

その一言を口にしただけで再び黙ってしまったので、<GREEN>は肩を竦めた。


「俺が亡霊じゃなけりゃお気に召しませんかね、隊長殿?」

「……(無視)」

「今日はよく無視される日だ」

「φの意地悪。ばーか」

「……(無視)」


<INDIGO>は頬を膨らませて、机の上にちょこんと顔を乗せて<RED>を睨み付けた。そんな幼稚な反抗的態度には目もくれず、涼しい顔をしている<RED>。

2人のことを多少なりとも知っている<ORANGE>は、どうせ説明しても理解出来ないだろうから単純に黙れ、というニュアンスのことを言ったのだろうと予想した(勿論口には出さなかったが)。


小さな笑い声が聞こえたので<BLUE>がそちらを見やると、それに気付いた<VIOLET>が気まずそうに会釈した。彼の左隣に座っている<GREEN>が興味ありげに振り向く。


「す、すみません。何だか可笑しくて、思わず…」

「確かにね。君、軍属だろ?まさか連軍の内容がこんなだとは思わなかったんじゃないの?」

「正直に言わせて頂くと、はい、そうですね」


まだ笑いを引き摺りながら、<VIOLET>は頷いた。


「ひょっとして、神国からいらしたんですか?」

「はい、Ielyの常設部隊に配備されています。申し遅れました、紫・多咫です。宜しくお願い致します」

「宜しく。俺も申し遅れたね、green。そのまんまだから、別に問題無いんだけど。…さて、残るは君だ」


<GREEN>が徐に軽く背を叩くと、今の今迄彼の左隣(<BLUE>から見ると右隣だ)で机に突っ伏していた長い金髪の人物は、不機嫌そうに顔を少しだけ上げた。


「おーおー、早速嫌われてるみたいね、俺。君を怒らせずに声を掛けるにはどうすれば良かったのかな?」

「………黙れ」

「あのなぁ、これから暫くは曲り形にも仲間としてやってくんだ、少しくらい友好的態度ってもんを見せてくれたって良いんじゃないか?」

「……(無視)」


<GREEN>は思いっ切り溜息を吐いた(本当によく無視される日だと思ったことだろう)。


「じゃあいいよ、名前だけでも言いなさい。皆言ってんだから」

「harvest」

「はい、おやすみ」


あっ、と周囲が止める間も無く、<YELLOW>の脳天にキツイ一撃が振り下ろされた。

突然のことに全員が呆然としていると、<GREEN>は目を細めてにやりと笑った。


「俺に命令していいのはIonだけ。そこちゃんと理解しとけよ、坊や」


底冷えするようなその声に、<BLUE>は認識を修正した。

やっぱり、ちょっと危ない人だ。


「…俺の命令はどうする気だ?<GREEN>」

「ああ、漸く俺に対して口をきいてくれましたね、隊長殿?」


一瞬で表情を変えると、<GREEN>は大袈裟に言った。


「勿論、貴方に関しては例外ですよ。Ionの命が懸かってますからね」

「それ以外は?」

「こうなります♪」


<GREEN>が<YELLOW>を親指で示すと、ガタン、と派手な音を立てて<YELLOW>が椅子から立ち上がった。

その直後に開始された壮絶な喧嘩は、約30分後に<BLUE>と<VIOLET>の努力により収拾することになる。


(あれ?結局、僕等はどうして集まったんだろう?)


<BLUE>の疑問は、もう暫く解決しそうにない。



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初っ端長ぇ。全員居るから、7人出すとなると流石にこりゃしんどいな。

次からはまた数人ずつになるんで、少しは短くなる筈…だと信じたい。

とりあえず、出会いました。