何が起きたのか、私には瞬間的に理解することが出来なかった。
少し記憶を辿ってみる。
緑青さんとuseさんが口論になっていた。どちらが原因なのか、声を聞いて後から来た私には判らない。
あんなに厳しい口調のuseさんは、私の知る限り目にした憶えが無かった。
そして2人共、私には到底理解し難いことを言っていた。
緑青さんは、「機械が殺人を犯した」と言った。
useさんはそれを否定しなかった。何故だろう?
緑青さんは大分混乱していたようだ。sigiriさんの仰った通りだった。
きっと、そんな言葉が出て来たのもその所為だろう。そんなこと、ある筈が無いのだから。
そう言えば、最初にお会いした時もあの人はそんなことを口にしていた。
きっと、あの時も混乱していたのだろう。ここは緑青さんの知らない場所だし、色々な事情があったのだから。
次第に口論が激しくなって、緑青さんがuseさんを―――誹謗、したのだと思う。
『…もう一遍言うてみぃ?“人間”』
私にも、useさんが怒っているのは理解出来た。
ただ単なる怒りではない、何かもっと大きな感情。そこまでは、私も理解しかねる。
何か言い掛けた緑青さんを、sigiriさんが制止した。
制止の言葉が余程不快だったのか、緑青さんはsigiriさんを詰問し―――あまつさえ、手を出しかけた。
その時だ。一瞬、私の思考が停止してしまったのは。
気が付くと、緑青さんが耳を押さえてうずくまっていた。
その尋常では無い様子に、近寄ろうかと思ったが止めておいた。
sigiriさんが傍に居るし、何より強い命令を受けている。心配は無いだろうと判断した。
「use!!」
珍しく上擦ったsigiriさんの声が部屋中に響いた。「やり過ぎだ!!」
それに対する返答は無く、代わりにuseさんの赤い瞳がぎろ、と緑青さんを見下ろした。
『殺さんかっただけでも有難く思え』
私と同類である筈のuseさんの口から「殺す」という単語が出て来たことに、私はぞっとした。
どうしてそんなことを言うのか、全く理解出来なかった。
『俺かて人間一人殺すくらい、訳無いんやで』
そう言うと、useさんの姿はいつものように、跡形も無く消えてしまった。
*****
「…vermillion。もういいから、部屋に戻っていろ」
sigiriの言葉に、記憶を遡っていたvermillionは即座に現実に思考を引き戻す。
「はい。その前に、何かお持ちした方がよろしいでしょうか?」
「そう、だな……じゃあ、紅茶でも淹れてくれるか?」
「畏まりました」
vermillionが部屋を出てから、sigiriは再び緑青の方に向き直った。
「…どうだ?音は正常に聴けるようになったか」
「……まだ…頭の中で……わんわん、する。…うるさい…」
「言葉はちゃんと聞こえるな?俺の言ってることは分かるな?」
ベッドに横になっている緑青は、こくりと小さく頷いた。あまり頭を動かしたくないのだろう。
いつになく深い溜息を吐いて、sigiriは肩を竦めた。
いくら両者共に気が昂ぶっていたとは言え、加減しろ、とも思う。
何のことは無い、喧嘩の原因はちょっとした感情の擦れ違いだ。それだけのこと。
ただ、予想以上に感情の振れ幅が大きかった。その点だけが双方にとっての計算違いで、その意地を貫き通す為にこんな殺人未遂沙汰にまで発展した。
自分が止めなかったら、useは緑青を殺しただろうか?
意味の無い思考をしている、とsigiriは自分の考えをシャットアウトした。
全く、これでは未だに子供の面倒を見ているようだ。
『gingさんも副隊長も軍の仲間も、義父さんも義母さんも兄弟も村の人達も皆、皆こいつらに殺されたんだ!!それが下らないって言うのか!?』
今にも泣き出しそうだった緑青の目。まともに目を合わせることが出来なかった。
遮二無二胸倉を掴んできたのには少々驚いたが、所詮は怪我人だ。さして動じはしなかった。
ただ、予想以上にuseが過剰な反応をしただけだ。
『誰に手ェ出してると思うとんのや、お前!ええ加減にせえよ!!』
『好い加減にするのはそっちだろ!!結局は何にも出来ない癖によ!!』
…思い出して、また溜息を吐く。顔の半分を片手で覆って、sigiriは俯いた。
あの一言は、あの緑青が口にした一言は、決してuseに言ってはいけない言葉だった。流石に、あの一言を聞いた時には肝が冷えた。
恐らく、あの時だったのだろう。useの中で、張り詰めていた糸がぷつんと切れてしまったのは。
『緑青…!』
それは、useを壊す言葉だ。
useが最も怖れ、憎み、そして怯える言葉。
『…もう一遍、言うてみぃ?人間』
底冷えするような、useの声。きっと彼も忘れ掛けていた、憎しみの詰まった声だ。
それが緑青には解らない。興奮している所為で彼の、普段なら常人よりも敏感な感覚器が正常に働かない。
『何度だって言ってやるさ!お前なんか、結局は何も』
『緑青、止せ!!』
『煩い!!!結局はsigiriだってあいつらの仲間なんだろ?!奴等が壊れてたら直す、だなんて―――そんなの、考えられない!!アンタも、所詮奴等と同じなんだ!!』
言い終わらない内に、sigiriの胸倉を掴み上げる緑青の右腕に力が籠められた。
突き飛ばされるな、と身構えた―――しかし次の瞬間、緑青の腕はsigiriを解放した。
解放したのではない。せざるを得なかった。
彼は悲鳴を上げて、耳を押さえてベッドにうずくまった。
useは何も言わない。ただ、じっと緑青を見ている。
彼が何をしているのか、すぐに検討がついた。
猛烈な音波の嵐が、緑青に襲い掛かっているのだ。
useはただ眺めている。そこには何の感情も見出せない。
一人の人間が狂い、悶え、死に行く様を、無感情にじっと眺めている。微動だにしない。
彼自身が手を下しているのにも関わらず、彼からは何の意思も流れて来ない。
そこに立っているのは間違い無く、一体のロボットだった。
*****
長い!長過ぎる!そして右のバーの短さが怖過ぎる!!
今年中に50は越えたいとか書いてた癖に全然書いてなかったんで、保存されてたメモからこちらもサルベージ。
目標を掲げたからには達成せんと。
そういえば、この前use泣いてたけど。
書いてからすぐ思い出した、この世界のandroidって一応泣かない設定じゃん←
このように、矛盾が数限り無く存在するラフ。そろそろ文中にもセルフツッコミを入れていくべきか(冗談)
あと、音波で本当に人が殺せるのか気になる。