神経に直接繋がれたセンサが、侵入者を鋭く感知した。瞬時に外付けの視聴覚モニタが起動する。

最低レベルの画質の映像の中で、漠然と人の輪郭をした影が揺らめいた。

熱感知系が、それがほぼ100%の確率で人間であることを告げる。

とうに失った筈の体内の熱が弾けるような、擬似血液が沸騰するかのような怒りが、全身を支配した。


生みの親ではない。彼ならrechtが応じる筈。


―――誰や!!

そこに居るんは、誰や!?


凡そ耳障りな合成音が途切れ途切れに、それでも彼の怒りを代弁するかの如く、激しく周囲に反響した。

神経に軽いノイズが走った。画像がぶれる。そんなことはお構い無しに、彼は叫び続けた。


―――出て行け、今すぐに!!


人間という存在に対しては、最早憎しみしか残っていなかった。

人間共が彼を見る目。同情や、哀れみや、嘲笑で満ちたその視線。彼だけではない、彼の生みの親にまで容赦なく浴びせられる批難や侮辱の言葉。


頭ごと中枢を潰してしまいたかった。

それなのに、潰す為の腕が動かない。足も動かない。頭を動かすことも出来ない。

壊してくれ、と言う為の口も動かない。たったその一言を言うことも出来ない。

自己凍結機能か自爆装置を付けて貰うんやった、とuseは何度も自嘲した。



彼の精一杯の脅しに何ら怯むこと無く、その人影は近付いて来ているらしかった。

苛立ちと、それを直接的な行動で表すことの出来ないもどかしさに、彼は益々怒りを募らせた。


(一体全体、何処のどいつか。rechtは何をしとるんや?!)


眼球は動かないながらも、彼は視覚モニタに映っている相手をじっと見据えた。

もう大分近寄って来ている。目の前だ。

そこに一瞬、緑色の光を認識したのと、その人間がここへ来て初めて言葉を発したのは、ほぼ同時だった。



「use」



懐かしい、それでいていつまでたっても聞き慣れることのない、“彼”の声がした。


*****


その瞬間、怒りと恐怖が交差したようだったと、彼は記憶している。

身体の中の温度が急速に下がっていくのが分かった。まるで波が引いていくかのように。

それと同時に、奥の方で何かがふつふつと、静かに湧き立つのを感じた。

こういうのを、嵐の前の静けさ、と云うのだろうか?


―――sigiri…?


何故?どうして?何でお前がここに居る??


どうしてここへ来てしまったんだ?

何故俺を独りにさせてくれない…!?



どうして!!!!



useは絶叫した。

激しい雑音の混じった合成音が、周囲に猛烈な勢いで撒き散らされた。

それらは壁に当たって跳ね返り、益々暴力的な力を増していく。


気が狂いそうだった。否、ずっと前から狂っていたのだ。

あの日、この世界そのものと繋がった時から、ずっと。


―――出て行け!!


映像は同調して激しく乱れているが、人影は依然動こうとしない。

最も、彼の「声」は届いてはいないだろう。部屋中に響いているのは、ただの不快な合成音の断片である。

それでもuseは叫び続けた。


―――すぐに出て行け、二度と来るな!!

こいつを連れ出せ、Utrecht!!!



「use」



画面に何かが覆い被さって来た。一瞬左右にぶれて、視界が真っ暗になる。

useは叫ぶのを止めた。途端に、辺りは嘘のように静まり返った。


「use。…突然来たことは謝る。頼むから、落ち着いてくれ。お前と話がしたい」


―――…


「Utrechtはちゃんと外に居る。俺が頼み込んだんだ、彼を責めるな」


―――話なんて、もう出来ひん。


ずっと分かりきっていたことなのに、それが今更悔しくて、useは泣いた。






彼の瞼は半分閉じられたままで、その下に覗く赤い瞳も全く動く気配が無かった。

それどころか、sigiriが入って行っても指先一つぴくりとも動かさない。

噂には聞いていたが、ここまで酷い状態だとは思わなかった。


彼を抱き締めると、周囲に木霊していた低いノイズがぴたりと止んだ。

一言二言声を掛けるが、返事は無い。それは分かっていた。

身体を離すと、彼は半開きになったままの目から涙を流していた。



いつもの彼の陽気な挨拶が、どうしようもなく懐かしく感じられた。



*****


これはラフだな!文字通り、力一杯ラフだな!!(どうした)

最後が残念。もーちょい丁寧に書きたかったから。途中でちゃんとセンテンスは出て来たのに、一回書き直したら忘れたというオチ。


useは普段明るく振舞ってるけど、こういう裏もあるんだよ的な。

ありがちなキャラクタだけど、彼のことはなかなかに気に入ってる自分。