次に緑青が目を覚ましたのは、既に太陽が西へ傾き始めた頃だった。

脳味噌にまとわりつく倦怠感を不快に感じつつ、彼は首を左右に軽く振って思考を強引に引き戻した。それだけでも左の肩がずき、と痛んだ。相当ヤられてるらしい。もしかしたら、本当に使い物にならなくなっているかもしれない。

今回は眠る前の記憶がはっきりしている。それを思うと、緑青は更に憂鬱になった。


…現在地、Zetford。帝国Zetford。


帝国。その二文字を思い浮かべるだけで、彼は何処までも憂鬱になれた。

願わくば、生涯関わりたくない国No.1だ。彼の出身である森の民も、現在の所属である義勇軍も、普段国家を問題としない集団だが、彼個人としては生理的に帝国という存在が嫌い、というか苦手だった。

それは恐らく、世界に9つある国際研究所の中で最も規模の大きな2つをその領内に持ち、軍事国家として他の追随を一切許さぬ程に強大な力を持つ巨大組織に対する畏怖の念だろう。

緑青が生まれるずっと前のことになるが、西の果ての小国を滅ぼしたことは未だに人々の記憶に根強く残っている。

亡国Kronnmell。圧倒的な力の差で成す術無く滅ぼされた小国は、そう呼ばれる。


いつか、自分の故郷もそうなるのではないか。

そんな不安がいつまでも消えない。だから尚更、緑青は帝国を怖れていた。


(まあ、神国がそう簡単に負けるとも思えないけど…)


何を考えてるんだ俺は、と我に返った所で、控え目に扉がノックされた。一拍置いてから入って来たのは、さっきの宇宙人みたいな…もとい。vermillionという、若干防犯意識に難アリの人。


「気が付かれたんですね」

「ああ、ども…」


右手だけ上げて、緑青は応じた。流石に何度も地獄は見たくない。

vermillionはベッド脇の椅子を引き寄せて、無駄の無い動作で座った。


「良かったです。先程は、急に倒れられたので吃驚しました」

「…あー、すんません。あれは、ちょっと、俺も予想外のことに驚いて…」

「森の中に居たことが、ですか?」

「イヤ、honorucoccusに居たのは元々なんすけど…その、帝国領だったって所が。俺、神国領に居た筈なんすよ。いつの間にか、国境越えちまってたみたいで」

「では、随分歩かれたんですね?」

「そうみたいです。意識無かったけど」


はは、と緑青が苦笑すると、vermillionも「御無事で何よりです」と微笑んだ。

無事とは言い難い状態だが、この場合はきっと「命があって良かった」という意味だろう、と緑青は考えた。赤の他人であっても、自分の無事を喜んでくれるというのは、素直に嬉しかった。


(皆に会いたいな…)


軍の仲間達も、緑青のことを心配しているだろう。心配してなかったら、後で殴る。

一刻も早く無線で連絡したいのは山々だったが、通信機を失くした記憶は明確にあった。そうでもなけりゃ、とっくに連絡して今頃本当の野戦病院に担ぎ込まれている所だ。


vermillionが言うには、この周辺の地理には詳しくないので、何処に集落があるかなどは全く分からないという。また、この家には外部と連絡を取れるものがあるにはあるが、彼には扱えないらしい。機械に関しては緑青もまるでお手上げなので、実物を見る前から早々に諦めた。

honorucoccusには嘗て“北央の森の民”が暮らしていたが、随分昔に杜族として神国の主要民族に加わり、今ではその全てが神国領に移っている。その線も望みは薄い。


後は、vermillion曰く「ここ一帯の地理に明るくて治療も出来る」という、今の情況からすると神のような御仁がもうじきここへやって来るというので、半信半疑なものの、緑青はとりあえずその人物を待つことになった。


「緑青さん。その…私に対して敬語を使うのは、やめて頂けませんでしょうか?」

「へ?…あ、何か、気に障りました?コレ」

「いえ、何と言うか…慣れていないものですから。申し訳ありません」

「?…イヤ、別に…俺としては構わないんすけど」


普通、逆じゃないか。

緑青は内心首を傾げつつ、まあそういう人も居るんだろうと思った。

それに、自覚しているが緑青は敬語の扱いが下手だ。有難い申し出であるのは確かである。


「なら、vermillionもタメ口でいいよ。堅ッ苦しいじゃん」

「いえ、そのようなことは出来ません」


(ゴメンナサイ、意味が分かりません)


何が可笑しかったのか自分でもよく解らないまま、緑青は笑っていた。

vermillionは不思議そうに緑青を見つめている。


「最初に見た時から思ってたけど、vermillionってさ、変だよな」

「何が、ですか?」

「そういう所も、ね。それと、これは訊いて良いのかな…。その、目の色とか」

「ああ、これですか。構いませんよ」


そう言って、vermillionは目に手をやる仕草をする。


「これは、角膜に装着しているフィルタの色なんです」

「フィルタ?」

「ええ、視力矯正と採光量調整、それと紫外線からの保護機能があるそうです」

「へえ…じゃあ、目が悪いんだ?」

「目、というか…。緑青さん、Albinoという言葉は御存知ですか?」

「え?ああ、うん。詳しくは知らないけど」


緑青の知識の引き出しにそんな単語が入っていたというのは、彼のその他の常識力から考えると驚くべきことである。

が、何のことは無い。彼の兄弟に、そういう類の人間が居たのだ。

そういえば、彼はあの時死んだな、と緑青はぼんやり思った。


「この身体が、そのAlbinoです」

「え!!?」


vermillionがさらりと口にしたその言葉に、緑青は目を大きくした。


「だって、その、髪とか…」

「これは染めたそうですよ。もう大分落ちてしまっていますけど」


ああ、だから頭の上の方が白くなっているのか…。

言われてみれば、肌の色も異様に白いのは、その所為か。家から出たことが無いと言っていたから、単に陽に当たっていない所為だと思っていた。まあ、家から出たことが無いなんて、そんなことある訳ないとは思うけれど。

誰が見ても、一見では彼をAlbinoだと判らないだろう。

わざと派手な色を合わせているのは、そのカモフラージュなのかもしれない。


「道理で、人間離れしてると思ったよ」

「そうですか?masterは、とても良い色だと仰ってましたが…」


ぴく、と緑青はその言葉に反応した。


(……『master』?)


そういえば、さっきから妙に引っ掛かっていた。

彼は自分の身体のことを、まるで他人事のように話すのだ。


朝よりも、ずっと嫌な予感がした。



*****


そして告白タイムが入らなかったァ――――ッッッッッ!!!!(叫)

ここまで長々と書いといて…!右のバーの短さに怯えました。

仕方ない、次のsceneに回すことにしよう。(そしてまた長くなる)