一体何処が痛むのか、それすら判らない程に身体のあちこちが一斉に悲鳴を上げた。

電撃のような痛み(?)が身体全体を走り、思わず意識を手放しそうになる。


…何だ、コレ。


とりわけ酷いのが左肩で、これは脳天に直にキたので一瞬で理解出来た。

おまけに何ですか、今軽く「ごきっ」とかって骨が鳴った気がするんだけど。

気の所為?気の所為だよねコレ。頼むから誰か否定してくれ。


(死にゃしないだろうけど、気分的に死ねるなこの状態)


ああ、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいイタイ。


「…すんません、誰かいませんかー…」


涙目になって、緑青は声を絞り出した。マズイ、このままだと生きてても生きてる心地がしない。

しかし返事は無かった。全世界から見放されたような孤独感に、本気で泣きそうになった。


(マジかよ…皆出払っちゃってんのかな??)


そういえば、ここは何処だろうと今更のように緑青は考える。

自分が居た宿舎とは違うようだ。過去の経験から(これまでにも1度、戦闘中に意識が飛んで目が覚めたらベッドの上という事態があった)、何処かの野戦病院として機能している建物か何かだと思っていたのだが。

痛みを紛らわそうと、部屋の中を見渡してみる。

扉が1つ、窓が2つ。簡素なキッチンがあるものの、部屋が広くて家具が少ない為にがらんとした印象を受ける。ベッド脇には小テーブルと、椅子が1脚。後は部屋の中心にソファが1対とテーブルが置いてあるだけだ。


(…どっかの家、じゃないのか、ここ?)


家を間借りしてるんだろうか?それにしては静かだ。

ここで彼ははっきりとした疑問を持った。何故今迄気が付かなかったのか、改めて考えてみれば大分オカシイ。


そうだ、ここは「静か過ぎる」。


その瞬間、とてつもなく嫌な予感が脳裏を過ぎったのと、痛みの所為で霞みがかってきた思考の中で規則的な足音を耳にしたのは、ほぼ同時だったような気がする。

一秒でも早く来てくれと願いつつ来て欲しくない気もしつつ、相反する考えのせめぎ合いも、ここが何処なのかという疑念と不安も、何もかも完全に無視したようなその規則的な足音は、全く乱れることなく近付いて来て部屋の扉の向こうで消えた。


ノックを2回。

「失礼します」の掛け声と共に扉を開けて入って来た人物を見た瞬間、緑青の全身の痛みが文字通りぶっ飛んだ。


*****


一度、極めてゆっくりと瞬きをしてみる。もう一度、二度。

何回瞬きしても視界は変わらなかった。どうやら現実らしい、と緑青は理解する。


まず目を惹いたのは、その人が持つ鮮やかなオレンジ色の瞳だった。こう言っちゃ何だが、まるで果汁の薄いオレンジジュースのような透明感溢れる橙色だ。

肩の下まである長い髪は、頭の方は真っ白なのに毛先に向かって暗い紅色に染まっていくグラデーション状態。

そして常人からすれば異様とも言える程白い肌に、濃紺基調のゆったりとした服。

それら全ての色が一つの身体に奇妙に調和している。

当然、緑青にとっては全くの初対面の人物だった。


(ていうか、一体何処の星の下に生まれたらこんな色になるんだ…?)


否応無しに固まる緑青を他所に、その有り得ない配色の人は心配そうに近寄ってきた。思わず、気持ち身を引く緑青。


「身体を起こされて大丈夫ですか?まだ熱もあるでしょうから、ゆっくりお休みになっていて下さい」


(イヤ、熱もぶっ飛んだみたいっす)


ていうか、熱あったのか俺。

言われてから、緑青は枕元にあったタオルの存在を漸く認識した。いつの間にか額から落ちてしまっていたのだろう。

その人は落ちたタオルに気が付くと、それを拾い上げて丁寧に折り畳んだ。


「大分温まってしまっていますね。すぐに冷やして参りますので」


そのまま踵を返して扉へと向かうその人の背中を見て、緑青ははたと我に返った。


「…ちょ、ちょい待って!」

「?はい。何でしょうか」


事も無げに振り返った橙色の瞳とは何となく目を合わせ辛くて、緑青は視線を宙に彷徨わせた。


「えーと……あの、…す、すんません。ちょっと、訊きたいんすけど」

「はい。何なりと」


緑青はちらりとその人の腕に視線をやってから、意を決して尋ねた。


「ここは…その、義勇軍関係の場所じゃない、んですよね?」


その人の表情は変わらなかった、眉一つ動かさない、口も結んだままだ。

代わりに、少し間があってから首が10度くらい右に傾いた。

…ヤな予感。


「ああ!えと、俺、義勇兵の緑青っていいます。38番部隊所属で」

「初めまして、緑青さん。私はvermillionと申します」

「あ、はい。イヤ、そーじゃなくて…」


思わず頭を掻く緑青。どう言えば良いんだ、と混乱しながら考える。

すると、逆に質問が返ってきた。


「失礼ですが、先程の“義勇軍”というのは?」

「へっ??…義勇軍、知らないの?」


一瞬、緑青は耳を疑った。


「はい、申し訳ありません。この家から出たことが無いので、無知なものですから」

「あ、そう…そう、なんすか」


まさか自分達の存在を知らない人間がこの世に存在しているとは思わなかった。道理で“義勇軍”の単語を出しても通じなかった訳だ。

世界は広いな、とこんな所で感じてしまう自分の感性はどうなのか。

しかし同時に、軽く卒倒出来そうな気分ではある。義勇軍の存在すら知らない人間がここに居るということは、『ここは義勇軍のテリトリーでは無い』ということだ。緑青にとっての現実問題はそこである。

何故、自分はこんな所で寝ているのか?


「あの、もしかしなくとも、俺を助けてくれたんです…よね?」


おぼろげな記憶はあるが、ある時点で彼のそれはぷっつりと途切れている。

それが、気が付いたら立派な屋根のある所に居て、しかも御丁寧にベッドの上に寝ていてあまつさえ包帯やらガーゼやらが身体中に巻かれているとなれば、それは明らかに誰かが手を施してくれたものだろう。

すると、そのvermillionと名乗った人は口元に柔らかな笑みを含ませた。


「助けたと言うか…昨晩遅くに、貴方がこの家の入り口で倒れていらしたんですよ。気を失われていたので、ひとまずこの部屋へ運ばせて頂きました」

「え?!俺、家の中に勝手に入ってたんすか!?」

「はい、そうですが」


(いくら意識無い状態とは言え…つか、この人リアクション普通過ぎ)


もしかしたら、俺って夢遊病のケがあるのかも。


「…ゴメンナサイ」

「いいえ。それよりも…私には簡単な応急手当てしか出来ませんので、申し訳無いのですが」

「ああ、イヤ、助けてもらっただけでもありがたいんで。そこまでやってもらわなくても、ホント十分ですから」


ありがとうございます、と緑青は頭を下げた。とんでもございません、とvermillionが慌てて謙遜する。

義勇兵に好感を持つ人は多いけど、それと知らずに見ず知らずのしかも勝手に家に入り込んで来た人間を助けてくれるなんて、何てイイ人なんだと思う反面、この人の常識に若干不安を覚えた。

強盗とか殺人鬼でも入って来たら、どうするつもりなんだこの人。

ましてや、奴等が入って来たりしたら…。


「因みに、ここは何処…ですか?」


とりあえず、位置は確かめておかなければならないだろうと緑青は訊いた。まるで「此処は何処、私は誰?」みたいな質問だな、と内心苦笑した。

俺が転がり込んだってことは、俺が居た所からさして距離は無い筈。

…と思ってたのが、大誤算。


「座標で言うとN40゜76'W03゜47'、ポイント0175339の位置です」


…………はい?


言われた大体の座標の位置は把握できる。

ポイントも地図上の位置に変換出来る。

ただ、それが自分の予想される範疇を大いに超えていて、緑青の思考は即フリーズした。


「…悪いんスけど、地形的地理的用語に変換して貰えます?」

「はい、Zetford領honoruku山脈下honorucoccus大森林帯北西部です。それよりも詳しい位置は、座標の通りですが…」


その人が言い終えない内に、緑青は今度こそ本当に卒倒した。



*****


緑青の馬鹿っぷりは、何だか書いてて楽しい。

ラフの中で唯一の救い所だからな。それ以外はドン底だからな(笑)


今気付いた、honorukuの派生名称な筈のhonorucoccusの綴りが違う…(c→k)

…ま、いいか。細かいことは気にしない。そこだけ別々で。