白い天井が見える。


見える?


見えている。


視界にある。


目玉の先にある。


目が開いている。


ああ。そこで漸く気が付いた。

俺はまた、死に損なったらしい。


*****


辺りは妙に閑かだった。温度の低い閑けさが心地良い。

疑問も痛みも無かった。彼は飽きることなく、ただ無心に虚空を眺めていた。


感覚が薄い。


眠いようで、眠くない。

丁度、夢と現の境界線に立っているような感じだ。

何もかもぼやけている。頭も、身体も、視界も。


自分の身体はちゃんとついているんだろうか?

ふと不安に駆られて、右手を動かしてみた。

手を開いて、握る。どうやら右腕はついているらしい。


(…利き腕があれば、いいか)


いちいち見て確認するのも億劫だった。

自分が酷く疲れているのを自覚する。


何もしたくない。

何も。




…いつの間にか、そのまま眠っていたらしい。

瞼を持ち上げるや否や、強烈な白い光が網膜に焼き付いた。思わず目を瞑ったが、瞼の裏でチカチカと火花が飛び散った。


(……朝?)


急に意識が引き戻された所為で、軽い眩暈がする。

その不快感に顔を顰めながら、緑青は漸く慣れてきた目を開けて世界を見た。


白い天井が見える。

それと、すぐ脇の開け放たれた窓から見える青。空か、と3秒後辺りに理解した。

随分懐かしい感じがする。心の何処か奥底で、ずっと心焦がれていたような。

優しい鳥の囀り、柔らかな風、深く大らかな緑。

大分前に、自分が故郷に捨ててきたもの。


(…待てよ?)


それがここにあるってことは、ここは天国か?

誰かが、天国は自分の故郷に似てるらしいと言ってた。一体何処のどいつが見て来て言ったのかは知らないが、まあそんなことがあっても良いんじゃないかとも思う。天国ってのは、そこへ昇る遍く人々の理想郷らしいから。

馬鹿馬鹿しい、と緑青は自分の考えをあっさりと否定した。

第一、俺が天国なんかに行けるワケがない。


帝国や共和国の人が云うには、この世とあの世の繋ぎ目にはデッカイ裁判所みたいなもんがあって、死ぬとそこで唯一神による天国行きか地獄行きかの審判を受けるらしいけど、俺みたいな奴を天国へ送る神様はよっぽどのバカか御人好しだ。

神という大いなる存在への信仰を持たない土地に生まれた彼には、天国地獄・神様仏様祖先様など無縁のものだった。


まあ面倒臭い話はさておき、と緑青は自分に言い聞かせて一旦目を閉じた。

別に、何を期待していたワケでも無い。もう一度瞼を開けたら目の前に一面のお花畑が広がっていて、綺麗な川の向こう側で先に逝った仲間達が並んで手を振っている…なんて光景があったとしたら、それはそれで楽しいかもしれないが。(そして俺は、躊躇わずその川を渡るだろう)


つまりは、生きてるってことだ。

そしてそれはつまり、この先も生き地獄は続くってことだ。


緑青は目を開けた。やっぱりそこには同じ景色があった。

嬉しいやら、惨めやら。信じてもいない癖に、神も仏もあったもんか、と緑青はケチをつけた。こういう輩は、得てして都合の良い時にだけ大いなる存在を信奉する。

まあ、それもさておいて。


生きているとなれば、身体が必要になる。

尤も、今の御時世、身体の部品の交換に手間取るってことは、そう無い。

利き腕だけを確認した後、特に何の考えも無く緑青は横になっていた身体を起こした。


瞬間、地獄がすぐそこに見えた。

案外、自分の予想は間違ってなかったのかもしれない。根拠の無い確信と共に、彼は再びベッドに沈んだ。



*****


何か最初の部分を書いてると、どうしても説明が入るからまともに見える彼。

緑青は基本おバカなんだけどな。