部屋へ入ってきたvermillionの声は、宛ら神の御声とも感じられた。
目に見えて混乱しているのは、sigiriと呼ばれた白髪の大男だ。顔を思いッ切り顰めてvermillionを凝視している。
尤も、vermillionが現れたことで、先程までMAX殺る気満々だった彼の殺気が薄らいだことは間違い無かった。
この先どうなるのかさっぱり見当がつかなかったが、とりあえず緑青は深呼吸しておいた。
「……vermillion?何だ、コイツは」
「はい、あの、それでsigiriさんにお願いがありまして」
(何だ、vermillionの知り合い…イヤ、亡き主人とやらの知り合いか?)
どうやら、sigiriというのがこの男の名前らしい。
どちらにせよ、緑青の死となる予定だった銃は下ろされた。
緑青は全身の力が抜けて、再び左腕がずきずきと痛み出すのを感じた。感覚を忘れていたらしいことに、ここで初めて気が付いた。
ああ、俺生きてる。
この際、そこら辺に捨てた人生は丁重に拾い上げておくことにしよう。
「その前に、先程物凄い音が聞こえたんですが。何かあったんですか?」
「こっちの事情だ。問題無い」
男は簡単にそう言って、銃を荷物の中に仕舞った。
俺にとっては生死の境目だったんですが、と緑青は心の中で泣いた。
「それで、何だ?」
「あ、はい。その…お疲れの所を誠に申し訳無いのですが、この方の手当てをして頂けないでしょうか?酷い怪我で、2日前にここへいらしたんです」
「……ここへ来た…?この家に?自力で??」
何か引っ掛かる点でもあるのか、sigiriと呼ばれた男は訝しげに緑青を見やった。
緑青にはさっぱり掴めなかったが、彼はそこで納得がいくものを見付けたらしい。「そういうことか…」と独りごちると、更に苦々しい表情を見せた。
「vermillion」
「はい」
sigiriはvermillionの方に向き直った。
こうして改めて見ると、やはり彼はかなり背が高い。vermillionとの身長差が10cm以上はありそうだ。
「お前、コイツが人間だということは判るな?」
「はい」
「なら、正直に答えてくれ。俺が居ない間にuse以外の者をこの家へ入れたのは、これで何度目だ?」
「この方が初めてです、sigiriさん」
「本当に?」
vermillionは一度瞬きした。
「はい、本当に。これまで、master以外の人間の方は目にしたことすらありません、一度も」
「……そうか。分かった」
sigiriは白髪頭を掻いて溜息を吐いた。暫く何か考えているようだったが、やがて荷物をごそごそと漁り出した。
まさかまた拳銃が出てくるんじゃないだろうな、という緑青の予想は杞憂に終わった。彼が取り出したのは空に近いペットボトル容器だ。
それをそのまま水場へ持って行って、中を水で満たすと、彼はそれを一気に呷った。
ふう、と一息吐いて、ひとまず何かの整理をつけたのだろう。
「あの…」
「分かったと言ったろう。手当てはする。お前の頼みじゃ、無下には出来ないからな」
vermillionの顔が明るくなった。緑青には会話がよく解らなかったが、彼が言っていた「治療の出来る人」というのはこのsigiriという男のことだったらしい。
…この男に手当てをしてもらうというのも、大分怖ろしい気がしたが。緑青はあまり深く考えないことにした。
「ありがとうございます!良かったです、緑青さん」
「えぁ?あ、ああ、うん、さ、サンキュな。色々と…」
そこで俺に振らないでくれ、と緑青は内心冷や冷やした。うん、大分笑顔が引き攣ってる気がする。腕痛ぇし。
「…但し。vermillion」
「?はい」
sigiriは荷物の中から年季の入っていそうな箱を取り出すと、vermillionに厳しい表情を見せた。
「今後2度と、俺の居ない間にこの家へ人間を入れるな。たとえ怪我人だったとしても、病人だったとしてもだ。良いな?どれだけ重傷だろうと、森の中に放っておけばいい。その内勝手に死ぬだろうからな」
「な、」
思わず声を上げた緑青に、鋭い視線が向けられた。
緑青はしまったとばかりに右手でがばっと口を覆い、顔を背けた。
(ややややっぱし、思想が危ねえよこの人…!)
そっとvermillionの顔を窺うと、彼は叱られた子供のように悲しそうな目をしていた。
それから、sigiriに対して深々と頭を下げた。
「はい…勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
「…部屋に戻れ。後は俺がしておくから」
「はい」
vermillionはもう一度一礼すると、緑青の方は見ないまま扉の向こうへ姿を消した。
規則的な足音が遠のいていく。部屋には、緑青とsigiriと重い沈黙だけが残った。
(これって、もしかしなくても最悪の組み合わせじゃないか)
ていうか、腕痛いんですけど。痛くさせた張本人に手当てされるって、どうなんだ?
これからこのsigiriという男と2人きりで過ごす時間を考えると、緑青は頭も痛くなってきた気がした。
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珍しく連続scene。これで漸く19と繋がるかと思ったら、オウアー微妙に足りねへ。(書き足せよ)
まあ一瞬だし。どーでもいいsceneだし、いっか。(良いのか)
因みに、sigiriのhが抜けてる(普通なら“shigiri”となる)のは仕様。