まさか、本当に現れるとは思ってもみなかった。
『…何や、すっとぼけた顔しよって』
完成した彼の身体はベッド脇に立ち、こちらをぎっと見下ろした。ヘアバンの下の赤い目が、まだその奥に燻ったままの怒りを宿している。先刻やられたことを思い出して、緑青は僅かに身を竦めた。
しかし、彼は何もする気配を見せない。彼の両手はポケットに突っ込んだまま、後頭部から垂れたコードもそのままに、彼はその場に立ち尽くしているだけだった。…こちらを睨んでいる、という点を除けば。
尤も、彼に関するそれら全ての状態は意味を成さない。
本当の彼は遠く離れたDodoの研究施設の奥深くに居て、動くことも話すことも見ることも聞くことも、感じることさえも出来ず、ひたすらそこで時間を弄んでいるのだろう。
一瞬、目の前に立つホログラムを通じて、本当の彼の姿がそこに見えたような気がした。
彼にとって、俺は憎むべき存在なんだろうか。
初めて会った時に彼が言った、あの言葉を思い出す。
教えて欲しい。俺と彼とは、このままずっと分かり合えない存在なのか。
…とはいえ、適当な言葉が見付からずに緑青が沈黙していると、useが痺れを切らして口を開いた。
『用があるから呼んだんやろ。何や』
useの言葉の端々から感じて取れる、怒りの色。
それでも、小さな呼び掛けにすら応じて来るということは、まだ期待は出来る筈だ(それが習慣でもなければ、の話だが)。
どうして、俺はこんなことをしているんだろう?
場違いにひょっこりと頭を出したその思考に、緑青は自身の中の変化を感じ取る。
機械は、人形は、憎むべき存在だ。
でも、彼らが全てじゃない―――ここには、それを解らせてくれる人形達が、居た。
「…お前に、一言謝りたかったんだよ。何も知らないのに、色々言ってごめんな、use」
言ってしまってから、猛烈に恥ずかしくなって緑青は顔を背けた。かっと身体が熱くなる。
喧嘩の仲直りなんて、いくつになっても慣れないものだ。大体、ロボットと仲直りなんてしたことがない。
おまけに、まだ直った訳じゃない。そう思うと、緑青は急に不安になった。
その不安が胸の中で渦を巻き始めた頃、突然聞こえてきたuseの笑い声は、何だか随分久し振りに聞いたような気がした。
* * *
『急に何言い出すか思えば、まさか謝られるとはなァ!考えもせえへんかったわ』
「な、何で?!そこオカシイだろ、喧嘩した後の呼び出しっつったら、フツー謝るもんだろ!」
『おン前、変な所で妙な考えしよるな。その前に、俺は人形やぞ?人形に本気で謝る人間が何処に居るんや』
「そ、そうなのか…?そんな奴、居ないの??」
『俺が謝られたんはお前が2人目。俺の生みの親と、お前。そんだけや』
「生みの親……ああ、そうか」
***の話を思い出して、緑青はまた胸がしくしくと痛むのを感じた。
『…?何やお前、博士のこと知っとるん?』
「ああ、イヤ…知ってるっていうか、お前のこと聞いたから」
『誰に』
「え、?***…だけど」
口調に若干どころでは無い威圧を感じ、緑青は思わずuseの顔を見上げた。
しかし、彼はちょうど片手で顔を覆っていたので、その表情を読むことは叶わなかった。
『………あいつ、何話しよったん?』
「え?えーと…その、お前が何でホログラムで生きてるのかっていう理由を…」
『…もっと具体的に』
「ええっと…えーと、だから、お前がなんとかの魂を入れられて壊れちまって、でも生きてて、でも博士のこと考えると死にたくて、でも博士はお前を…」
『あー、もうええ!何から何まで聞いとるんやないか。***の奴!!』
「へ?!あ、イヤ、おおお俺がどうしてもって***に訊いたんだよ。だから***は悪くな…」
『同じことや、結局は話したんやからな』
それから、useはふるふると頭を振って、見るからに呆れ顔になった。恥ずかしさを隠しているらしい。
『…まァ、俺の口から話さんで済んだのは良かったか。あんまし過去を蒸し返さんといてくれ、特にあの頃は相当荒んどったからに』
「話を聞いた時は、正直信じられなかったけど」
『誰でも挫折ってのは味わうもんやろ?人間だってよく言うやないか、青春の挫折!とか。あれみたいなもんや。とにかく、人間が憎くて憎くて仕方あらへんかった。このままmobになっちまおうかとも思った程や。…所詮、言った所でなれはせえへんけどな。お前の言った通り、俺自身からは何の行為も生み出せへん。所詮は遠吠えなんや。それが最高に腹が立った。何よりも耐え難い苦痛やった』
「いや、だからあれは俺が…」
言い掛けた緑青を、useはやんわりと遮った。
『ええんよ、俺も大人気無かったんやて。もうずっと解っとったことなんや。八つ当たりして悪かった、緑青』
* * *
もっかい再確認…Pseudoって、消えた章だよな?!(汗)
八つ当たりにしては程度が半端無いのは御愛嬌。