視線に気付いて、***が眉を顰めた。
「…見たこと無いのか」
「い、いや……ある、けど」
「ならどうってこと無いだろう。まじまじと見るな。不愉快だ」
緑青は慌てて、ごめん、と小さく謝っておいたが、***は無視して顔の包帯に手をかけた。するりと包帯が緩み、首に巻き付く様に落ちる。
もしかして、という緑青の予想通り、そこにあったのは機械の右目だった。
緑青は今さっき言われたばかりのことを一瞬で忘れ、思わずといった様子で目を剥いた。
否、予想はしていたのだ。しかし、まさか“こんなもの”だとは思わなかった。
彼の右目には、瞼が無かった。
左目に宿る何処か儚げな、そして何処か不思議と気品のある淡い翠緑の光とは対照的に、右目は何処までも乱暴で攻撃的な赤色だった。それが大きな眼球に見立てたガラス球の奥から発する光であることに気が付いたのは、ふっと赤い光が消える瞬間があったからだ。
そして右目の周辺には、目的のよく分からない一部の機器が露出して皮膚に張り付いている。
間違い無く、人工眼だった。
そしてこれまた間違い無く、相当古いタイプのものだ。機械に疎いのは十分に自覚しているが、こんな違和感のある人工眼を備えている人間を嘗て見たことが無い。仲間内にも視覚を人工物で補っている者は居るが、ちゃんと瞼もあったし、何より緑青の場合はそれと見て人工眼だと気付かない程精巧なものである。
緑青は口を開けて彼の右目を凝視し、苦々しげにこちら睨み付ける***の視線を真正面から受け止めていることにも暫く気付かなかった。
「…不愉快だ、と言った筈だが?」
「え?あ!ご、ごめん。ゴメンナサイ!」
また慌てて視線を外す。何やってんだ俺、と緑青は情けない気持ちで一杯になった。
しかし…アレだよなぁ。
気になって仕方無い緑青は性懲りも無く、***が何やら荷物を漁っているのを横目でちらちらと窺っている。
まさか、そんな訳無いとは思うけど。でも、確証が欲しい。彼の口から。
彼は処方箋の様な白い紙袋と、何やら文字がびっしりと書かれた書類を手に取っている。今ならこっちを向いていないだろうという確信の元、もう一度緑青は彼を盗み見た。
が、大誤算。
突き刺ささる様な鋭い視線が、こちらをはっきりと捉えていた。
瞬間、緑青は身も心も凍り付いた。そりゃもう、がきーんと。
「……な・ん・だ?何かあるなら、言え」
(ごめん、凍ってるから声も出ない)
…そんな冗談を言ってる場合ではない。下手するとまた弾丸が飛んできそうだ。
緑青は小さく一息吸って、それからひとつ瞬きをして、意を決した所で訊いた。
「あんた、人間か?」
* * *
返事があるまでに、たっぷり10秒は空いたと思う。
その間に***は全く表情を変えなかったけど、訊いてから暫くはそのまんま立ち尽くしてて、それからまた荷物を漁り出した。必要な道具か何かを探してるみたいだ。
そんなことをしながら、***は逆に訊いてきた。
「人間じゃなかったら、何だと思ったんだ、お前は?」
「え……き、機械かな?って」
「機械ならどうしたんだ、お前は?」
「機械なら…」
殺す。壊す。解体する。二度と動かなくなるまで、完全に機能停止してぶっ壊れるまで攻撃してやる。
咄嗟に思い浮かんだ言葉は、それしか無かった。だから緑青は口籠った。
「…まあ、どうでも良い話だが」
答えない緑青を一瞥してから、***は口を開いた。
「こうも不躾にはっきり問われると、否定しないのも癪だな。確かに俺は人間じゃない」
「、え?」
「尤も、分類学上は“ヒト”に分類されてるが」
何それ。
ヒトであって人間じゃない、そんな生き物、居るのか?
「居るとも。ここに」
***はそう言って小さな白い箱(多分俺の持ってるメディカルパックの中身みたいなのが入ってるんだと思う)を荷物の中から取り出すと、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
思わず身を引く緑青。「ちょ、ちょちょちょっと待って!」
「何だ?」
「イヤ、何ってあんたが何!人間なんだろ?まさか、ききき機械じゃない、よな…」
「しつこい奴だな、人間じゃないと言っただろ。ついでに機械でもない」
「何それ!?じゃあ何なんだよもう、訳わかんねぇ…」
最後に言われた一言は、更に緑青を混乱させた。
「何言ってる。そう決めたのはお前等だろうが」
* * *
ロビィの赤色光電管に触発されて、赤目にしてみた。適当。