一通り手当てが終わると、***は椅子を引いて深く座り、背凭れに身を預けて目を閉じた。
緑青が礼を言うと、***は腕を上げて(構わない)と応じた。ゆっくりと、僅かに胸が上下している。
少々疲れているようだ。
「まだ微熱がある…寝てろ。後でタオルでも額に乗せておく。酷くなるようだったら、薬を出す」
「どうも。…それと、いいか」
「何だ」
目を閉じたまま、彼は応えた。
「さっき、ちょっと言ってたけど…vermillionのこと、あんまり怒らないでくれ。俺が勝手に転がり込んで来たのが悪かったんだから。迷惑掛けてすまない」
緑青は真摯に頭を下げた。非があるのは完全に自分だし、***の態度がどうあれ責任は感じていた。
…銃を出してくるのは、些かやり過ぎな気もするが。
しかし、***の返事は無い。
10秒経過。
ああ、俺また変なこと言ったのかな、と緑青の心は沈んだ。
15秒経過。
沈んで沈んで、ベッドに埋もれて、もうそろそろ床に落ちそうな勢い。
…30秒経過。
心はとっくに冷たい床の上に落ちて、寒さに打ち震える頃。
頼むから何か言ってくれ、と緑青が神にも縋る境地に達した辺りで、***は漸く口を開いた。
相変わらず、左目は閉じたままだったが。
「……お前、」
「?」
「“赫の闘士”だな」
その言葉を聞いた瞬間、全身の神経という神経がコンマ1秒位活動を放棄した気がした。
「な、な、な、なん、で」
緑青の問いに、***は右手の人差し指で床を示した。
何かと少しだけ身体を捻り、ベッド脇の床を指す指先を辿ってみる。
(…あー、……vermillionか…)
そこには自分の所持品一式と、綺麗に折り畳まれた自分の服、そしてその一番上に、愛用のヘアバンドと腕章・部隊章がこれまたきちんと畳んで置かれていた。服の袖に付いていた筈の物を、わざわざ御丁寧にも外して下すったらしい。…これならバレて当然か。
vermillionが全く触れて来ないものだから、ついうっかりしていた。普通の人間なら先ず目に留める物だ。
「赤の腕章に、部隊章。…38番部隊とは、有名所だな。Shisen-beiraの精鋭だ」
「…よく御存知で」
***の左目の瞼が、僅かに持ち上げられた。隙間に淡い緑色の光がある。温度の低い、すっと細められた瞳がこちらを見ている、或いは睨んでいるのか。
緑青は無意識に身を引き、身構える様な姿勢となった。
「…おまけに、森の民とは。物珍しい奴だ」
「…へっ…?」
「なかなかそうは居ないだろう、森の民出身の“赫”は」
「イヤ、そこじゃなくて…」
緑青があまりに呆けた顔をしていたからか、***も訝しんでこちらに顔を向けた。
「…何だ?」
「何で、俺が森の民って、分かったんだ??」
ありのままの疑問を口にすると、今度は***が小首を傾げた。
「…常識、とまでは行かないものか?茶色の髪に深緑の虹彩。“東の風の民”最大の特徴だろう」
「や、だってほら、俺の右目」
「…ああ、確かにな」
緑青は自分の右目を指差す。彼の右目の虹彩は、本来東の民に無い筈の青色だった。
彼自身、この目がコンプレックスでもあった。村に居た頃よりも、外の世界に出てからこれが不自然なのだということを思い知ったものだ。
「しかし、それがどうした?お前の髪は茶色だし、片目は緑だろう。疑う余地も無いと思うが」
「…初対面の奴に森の民だって分かって貰えたの、初めてだよ」
「そうか」
事情を知る一部の人間以外で、これまで出会ってきた奴等は皆、俺のことを森の民だと気付かなかった。自分がそうだと言っても、信じて貰えないことさえあった。
片方の目の色が違うだけでこんなにも見られ方が変わるのかと、最初の頃はショックを受けたものだ。
尤も、最近ではもう慣れっこになってしまっているが。
それを思うと、ちょっと嬉しかった。
「…もう寝ろ。話し過ぎた」
「え、あ、うん」
そう言って***は立ち上がると、水場の方へ行って何やら作業をし始めた。これで話はお終い、さっさと寝ろということらしい。
緑青は小さく礼を言ってから、大人しく毛布を引き上げて目を閉じた。
* * *
昔書いたのと大分内容変わってんな。これは後のズレが怖い…