彼の呼び掛けに応じて現れたるは、無数の電気信号に従って精巧に構築される3D映像体。
***が呼び掛けた時点で既に予想はしていたが、毎度ながら目を丸くしてしまう光景だ。
そもそも呼んですぐに応えるということは、彼は四六時中この家を監視しているんだろうか?相当な暇人だ。
『ほーいほいほい。聞いてたで』
おまけに会話も聞いてたのか、このマニアックが。
「心当たりはあるのか?」
『ああ、あるよ。そいつ、王国の元近衛やろ?』
「そう!ホントに知ってんのか、use」
『何や、急に嬉しそうに』
無理もない、彼からすればここは全くの見知らぬ場所。大分慣れてきたとはいえ、正しく異空間に放り出された様な気分だったのだ。身内を知っていると聞いて、今さっきまで訝しげだった緑青の声も無意識に弾んでいた。
『妙な奴やったからなァ。そいつとは、2次連軍の時に一緒になってん。まだ王国の近衛やってた時やな。…やけに俺等humanoidにも馴れ馴れしくしよって、随分おかしな奴やなァなんて身内とよく話したもんや』
昔のことを懐かしむ様に、useは目を細める。
そのまるで人間と見紛う(常に見紛えてはいるのだが)動作に、緑青は一瞬息を止めた。が、すぐに話題の本人の姿を思い浮かべて、口元に嬉しいような寂しい様な笑みが広がる。
***だけがその想いを汲み取ったが、しかし何も言わずにおいた。
「…そう。gingさんはそういう人なんだ。“赫”なのに、ある程度のhumanoidの存在は許容してる」
彼としては複雑な心境なのだろう。***は、その横顔に映る僅かな翳りを見た様な気がした。
彼の最も尊敬する人物が、彼にとって最も憎い存在を(一部とはいえ)赦しているのだ。
『あいつが“赫”に入ったゆーのは聞いとったけどな。お前の上司だったとは思わへんかったわ』
「近衛師団団長の辞任と、“赫”への志願…あまりに唐突で、国民が知った時は随分騒ぎになってたがな。事が世界に知れた時には既に、彼は8番隊の隊長に任じられていた。…尤も、前触れはあったが」
***のその言葉に、緑青はこくりと頷いた。
「gingさんの弟さんは“赫”に入ってて、奴等に殺されたんだ」
『知っとるよ。kamui-guartrudeやな』
それは、gingさんが“赫”に入る8年前の話。そんな昔のこと、一部の人以外は憶えちゃいない。
でも、gingさんは仇討ちを忘れなかった。弟さんを忘れたことは、一日だって無かった。
けれども、彼等の家は代々王国の近衛長の任じてきた名門中の名門、guartrude家だ。王国への忠誠と、弟の仇討ちとでgingさんは揺れた。周囲の猛反対もあった。
「彼は、偉大な近衛兵だったからな。…王からの信頼も厚かった」
『長棒だけで純戦闘用androidを叩きのめしたって話もあったなァ。敵わんわ』
「そうさ、あの人は強いんだ。奴等になんか負けやしない。俺はgingさんを信じてる。今は何とかついてってるって感じだけど…いつか、隣に立てるようになりたいんだ」
俄然活き活きとした表情で語り出す緑青に、***とuseは顔を見合わせて、互いにふ、と微笑んだ。
「…そうなれるといいな」
『俺にいちいちびびっとるお前に、そないなこと出来るんか?』
「言ったな、見てろよ」
緑青が歯を剥き出しにしておどけた不満顔を作ると、useはさも可笑しそうに声を立てて笑った。
違和感がある。
脳味噌にこびりついている様な、その不快感。
それはその場に居た3人全員が抱いていたものだったが、誰一人として口にはしなかった。
違和感がある。強烈な。目を背けたくなる様な。
(…俺は、)
それを一番強く感じているのは、緑青だった。
(俺は、どうしたいんだろう)
考えれば考える程、胸がきゅっと締め付けられる気がした。誰に押されている訳でも無いのに、圧迫感がある。
(……俺に、vermillionを殺せるんだろうか?)
vermillionの笑顔が、頭から離れなかった。
* * *
「スゴい人」→死亡フラグの典型例。