「聞こえたよ」
眼鏡の奥に覗く薄紫の双眸は、大して興味も無さそうに見えた。
「あいつが、死んだ」
その言葉がどれ程の混乱を引き起こすか、彼にとってはどうでもいいことだった。
明日になれば文字通り世界を震撼させるであろうその事実にも、彼は無関心だった。
尤も、それが事実であれば、の話だが。
「…虚言、ではあるまいな?」
念の為に訊いてみると、彼は不機嫌そうに眉を寄せてこちらを睨んだ。結構単純だ。
すぐに顔に出る。否、故意に出しているのか。
「嘘を吐く程、俺はあいつに興味を持ってない」
「それはどうかな?同類だろう」
「お前にも興味が無い」
「それは結構」
応酬が返って来るかと思ったが、彼はそのまま、手のひらの上に頬を乗せて黙り込んだ。
完全に機嫌を損ねてしまったようだ。いつも彼の世話を焼いている上司に同情しておいた。
「お前が認知したのは分かった。だが、物事は実際に確認しなければ“事実”にはならん」
まだ黙っている。小さな溜息を一つ吐いて、私は続けた。
「そいつが“死んだ”という場所を、教えてはくれんかね?」
「やだ」
即答が返って来た。相変わらず、顔はそっぽを向いたままだ。
答えの内容に関しては芳しくなかったが、声を引き出せただけでも良しとしておこう。
「何故?」
「お前が嫌いだから」
まるで子供の様だ。私は、幼い日の息子の姿を思い浮かべた。
「なら、好きな者になら教えるのか?master・azureには?」
「別に教えてもいいけど、azureはそんなこと訊かない」
「なら、私が頼むとしよう」
「azureはお前の頼みなんか聞かない」
そう言うと、顔の向きはそのまま、紫の目がぎょろっと動いてこちらを捉えた。
口元が笑っている。白い歯を剥き出しにして。
その不気味さと不快感に、私は思わず、僅かながら身を引いた。
ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、
彼はいつも、こんな風に声を立てて嗤う。
一頻り笑い声を上げてから、彼は窓の外に目をやった。
墨を垂らしたような夜空の中に一つだけ、燦然と光り輝く豆電球がある。
「また、死んじまったよ」
誰に語るでも無く、彼は自由に言葉を紡ぎ始めた。
「これで7つ目だ」
残る魂は、あと2つ。
「どうしてくれる?この世界になってから、初めてだ。こんなことは」
再び視線を動かす。今度は、実にゆっくりと。
そして最後にぴたりと、私の瞳を射た。
「そろそろ、この世界も潰しとくか?」
口元が笑っている。
私は目を見開いたまま、その場から動けなかった。いつの間にか、冷汗が背中を伝っている。
「ば、馬鹿な…ことを…」
「冗談」
言うと同時に、彼は何もかも興味が失せたかのように全ての表情を消し、椅子から立ち上がると、扉の方へすたすた歩き出した。
扉には鍵が掛かっている。が、そんなことは彼にとっては無意味だ。改めて思い知らされた。
「azureが生きてる限りは、保障しといてやるさ」
扉を前にして振り向くと、彼は一度だけそう言ってから、扉を軽く叩いた。
その行動の意味を量りかねて、私は彼を凝視した。
「開けてくれよ。鍵、掛かってんだろ?」
* * *
即興ついでに好き要素ゴリ押し。現時点で判断出来るボツネタ。
強いて言うならアレだ、条件クリアでED終わった後に出るちょっとした隠しEDみたいなやつだ。