「どっちもどっちだ、お前も少し落ち着け」


その言葉に憮然として黙りこくっていると、***は苦笑してベッド脇の椅子に腰掛けた。

さっきまでの騒々しさが嘘のように、部屋はしんと静まり返っている。家中が沈黙しているような。

やっぱりあいつは嵐みたいな奴だ、と緑青は思った。思い出して、またちょっと腹が立った。


「全く…お前等は手のかかるガキ共だよ、本当に」


なにを、と***を睨みつけたが、見た先の彼の瞳がとても穏やかな色をしていたので、緑青はその後に続けようとした言葉を咄嗟に忘れてしまった。


何だろう、この目の色。彼の話をしてくれた、あの時と同じ色?

昔を懐かしんでいるみたいに。そうだ、あの時も彼はとてもやさしい顔をしてた。

この人もこんな表情を持ってるんだって、そう思った。


「…useは、あいつは、一体何者なんだ?」


俺達がここで見ているあいつは、ホログラムみたいなことを言っていた。実体は他にあるとか何とか。

後は国際なんたらかんたら所属の天才ハッカーで…そして、ロボットだと。

あいつに関して俺が知ってるのは、それだけだ。(多分)

決して嫌いな訳じゃない。この家の中で唯一テンションの高いあいつとは普通に話せるし、楽しい。


でも、useともう一度話す為には、もっと彼のことを知っておかなきゃならない気がした。

思えば、どうしてこんなにもあいつのことを知らなかったんだろう、と自分で驚く。


***は持っていたティーカップを眺めたまま、何も言わない。

答えが無かったことに少々落胆したが、ここで引き下がってもじたばたするだけだと、緑青はもう一度口調を強めて訊いた。


「なあ、教えてくれよ。あいつはどうしてホログラムなんかで生きてるんだ?」


言ってから、あれ、何かおかしなこと言ってるぞ、と緑青は自分でも思ったが(第一、ロボットって生きてるのか?)、この際気にしないことにした。

そんな緑青の思いを知ってか知らずか、やっぱり***はいつものようにそっと苦笑した。

それが質問の内容に対するものなのか、子供の探究心に似た緑青の必死さが滑稽だったのかは、彼一人を除いて誰にもわからない。

ましてそれらを含め他にも思う所があったなど、到底理解には程遠いだろう。


「…簡単なことだ。あいつは、自由に動き回れる身体が欲しかったのさ」

「身体?」

「そう。身体が欲しかった。どうしても。そうでもしなければ、壊れてしまいそうだった」


壊れる…あの、おちゃらけたuseが?

ギャップの激しさにキョトンとしていると、話す前に、と***は一言断りを入れた。


「話を聞いたら、useと仲直りしろよ。…あいつをあまり憎んでやるな。お前も狂った機械の犠牲者なんだろうが、あいつだって狂った人間の犠牲者なんだ」



*          *          *



「“形在る魂”って聞いたことあるか?」


ふるふると首を横に振ると、「だろうな」と***は小さく溜息を吐いた。


「じゃあ、そういうものがあると思ってくれ」

「魂に形があるのか?」

「そうだ。それがuseの中に入っている」


はい??


「その魂は有機体に宿ることが知られてる。有機体ってわかるか」

「…俺達みたいな?」

「そう。じゃあ逆の無機体もわかるな?」

「…機械、とか」

「そうだ。useは後者に当てはまる。あいつはhumanoidの中でも、無基礎から成るandroidに分類される」


android…確か、vermillionが教えてくれたんだっけな。

dollとの区別は曖昧ながら、“心”の存在に依って一線を画される。そんなこと言ってた気がする。


「“形在る魂”は有機体に宿る。これは経験上得られた鉄則だ。それを破ったのがあいつの生みの親」

「useの、生みの親?」

「そう。無機体100%のuseの身体に無理矢理魂を入れ込んだ」


結果は見事に失敗。


useの身体は使い物にならなくなり、main・second core共に崩壊。

侵食されてぐちゃぐちゃになった神経回路は、魂すらも巻き込んでその機能を完全に失った。

それが、7年前の話。




淡々と話す***の内容についていけず、頭の中が疑問符で一杯になる。外にまで飛び出しそうだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。じゃあ、useは一度死んだのか?」

「…幸か不幸か、あいつ個人を定義する部分は無傷で残った。最早口で話すことも耳で聞くことも出来ないが、useそのものは生きていると云える」

「身体なんて、取り替えれば良いじゃないか。ロボットなんだし」

「あいつの場合はそれが出来ない。魂の所為で閉じ込められてしまったから」

「???」

「そういうことがあるんだと思って貰えれば結構だ。俺も詳しくはわからない」


***に理解出来ないのなら、自分に理解出来る筈も無いか。

そう納得出来る自分がちょっと悲しかったが、多分その通りなのでその先は問わずにおいた。


「じゃあ、その魂は…」

「死んだ」


それが適切な表現なのかどうかは知らないが、そう云われている。んだそうだ。


「…そっか。じゃあ、useはその生みの親のことを恨んでるんだな?」

「それは……どうなんだろうな」


え、と思わず***の顔を見る。「違うのか?」


「だって、そんなこと無理矢理にされて壊れちゃったんだろ?」

「さっき無理矢理に、と言ったのはどちらかというと魂に対してだ。useは承諾していた」

「何で?useの身体には無理だって、わかってたんだろ?」

「経験上、な。…ヒトの好奇心や探究心が、時に残酷な刃になる。簡単に言えば、いち実験体として使われたのさ。無基礎のロボット、即ち人形にも魂は宿るのか?と」


勿論、過去にもそんな実験は星の数程行われた。

その度に、失敗の報告書と人形の屍が積み上げられていった。

useもその中の一つに過ぎない。但し、同時に魂も失った特異的な例として記録されているが。


「実験体…」

「何も驚く様なことじゃない。世界は常に膨大な犠牲の上に成立している。人間も機械も、歴史の中で多大な犠牲を払って今日の子孫を繁栄させてきた。時には人間すら創り出すことに依って」


そうして生まれたのが、***か…。緑青は目の前に座る男をまじまじと眺めた。

彼も、自分とは違う。姿形のみならず中身まで人間そのものなのに、彼は『人間』という扱いをなされていない。

可哀想だな、と思った。何で人間はこんなことをするんだろう。


「…俺達人間は、今まで平気でそんなことしてきたのか」

「そうでなけりゃ手前が滅ぶだけだからな」


***の口調は飽く迄単調だ。自分もそうだったのに、何故ここまで冷静で居られるのだろう。

彼の生きてきた長い年月が、彼から悲しみの感情を失わせてしまったのではないかと思える程に。


「お前がそれを罪だと感じる必要は無いし、深く考え込んでも意味は無い。その点、直接実験体を使う研究者達は極めてドライだ。…ただ、useの親はそうじゃなかった」


だからこそ、useも生みの親を愛し、信じた。



*          *          *


なんかダラダラ続きそうなので一旦打ち切り。後半へ続くー(多分)

でもコレ入れないだろうな…入れるとしたらAlone?Pseudoは消した章だからな。

つーか、主人公のプロフすら未だ紹介してないのに脇役の説明ってどうなのよコレ。