は、とuseが何かに反応して顔を上げた。vermillionはさっき自室へ下がったばかりだ。
どうしたんだ、と声を掛けようとした直前に、useはその顔を上げた体勢のまま停止し、右半身の輪郭が不自然に歪んだかと思うと、次の瞬間には無数の光の粒となって消えてしまっていた。
「、え?use??」
いつも唐突に現れたり消えたりする彼ではあるが、今の行動は明らかに奇妙だ。
返事が返って来ないことに多少なりとも感じた不安を打ち消してくれることを期待しつつ、隣に居るもう一人の顔を窺ってみる。…しかし、そこに緑青が願った表情は無かった。
今の今まで、useを交えた3人で会話をしていたことなど忘れてしまったかのように。
彼の瞳は深い憂いの色を湛え、目を合わせたくないのか、視線はやや下に落とされていた。
「…***?」
「黙ってろ」
間髪入れずに鋭い言葉が返って来た。徒ならぬ彼の様子に、緑青は言われた通り沈黙する。すると、廊下をこちらへ歩いて来る足音が聞こえてくるのに気が付いた。
それがvermillionのものでないことはすぐに判断できた。彼の規則正しい足音とは似ても似つかない。
***はここに居る。…と、いうことは?
緑青の知る限り、この家に居るのはあと一人。けど、彼は…
もう一度***の顔を見る。今度は、彼は扉の方をじっと凝視していた。その雰囲気には近寄り難いものがある。
口を出すな。
無言でそう言われている様な気がして、緑青は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
…下手に喋らない方が良い。そう判断した。また銃でも出されたら堪らない。
ひた、ひた、という足音が近付いてくる(素足で歩いているらしい)。極めて緩慢というか、こう言っちゃ何だがトロい。歩くのも億劫そうな感じだ。
けれどその一方で、焦っているのに速く歩けない、前に進めないというもどかしさも感じられる。
(何なんだろう、この変梃な感触…)
念の為に、頭の中で手持ちの銃の位置を確認する。
やがてその足音が扉の前で止まると、ノックも無く、しかし静かに扉が開けられた。
力無く両脇に垂れた腕。
俯いた顔。
少し長めの、黒い髪。
のろのろと持ち上げられた顔についている2つの目玉と目が合った瞬間、緑青は戦慄した。
魂まで吸い込まれてしまいそうな、どこまでも深く濃い青色。
―――それは、間違えようも無く。
あの配線だらけの部屋で息も無く眠っていた、『彼』だった。
* * *
…何度、こんなことを繰り返すんかな。暗い一室で、彼はぼんやりと床を見つめた。
『お前には関係無いだろう』
前に、俺があの行為を知った時に彼が言った台詞が思い出される。
そう。確かに俺は関係無い。それは理解出来る。
けれど、俺はあいつがその行為を続けていることが理解出来ない。
そう言ったら、あいつは『理解する必要なんて無い』と言った。
『何故自分がこんなことをしているのか、俺もまだ理解出来てない』んだと。何だソレ。
『そんなことしたって、何にも変わりゃせえへんのに。あいつは永遠にあいつのままや』
『そうかもしれないな』
『…なあ、やめえやこんな無意味なこと。お前が傷付くだけやで』
『無意味かどうかは俺が決めることだ。言ったろう、お前には関係無い。…頼むから、このことに口を出さないでくれ』
『………わかった』
ちっとも納得していなかったが、恩人の手前、それ以上強く責めることは出来なかった。その時は、きっと彼らの間には余程複雑な事情があるんだろう、という位の単純な感想しか持たなかった。元々、職業柄他人に干渉するのはあまり好きではない。
それがそもそもの間違いだったのだろうか?
結果は悲惨だった。
同じ行為を繰り返す度、***はどんどん壊されていった。
あの男が目覚める度に、恐怖に怯え、悪夢に魘され、背徳心に身を蝕まれた。精神安定剤を飲んでいたのも何度か見ている。彼の強靭な精神力が無かったら、とうに廃人になっていただろう。自分がそれとは気付かずに自傷行為を繰り返している様なものだ。
…否。頭の良い彼のこと、これが自傷行為であることには気が付いているに違いない。
けれど、彼の中ではどうしようもないことなんだろう。
俺が言った所でどうにもなる訳が無い。寧ろそれすらも彼を斬りつける刃になる。その自覚はあった。
出口の無い迷路。終わりの無いトンネル。いつだって、独り傷付くのは彼だけだ。
その横に居てやることも出来ずに、ただただ戸惑ってる自分が居る。
「…俺は、」
***を助けたい。彼が俺を、絶望の淵から救ってくれた様に。
あいつに絡み付いてる鎖を断ち切れなくてもいい。せめて緩めてやれたらそれでいい。
「……ええ加減、ここらで終わりにしよか」
彼に結論を求める前に、自分が結論を出すべきだろう。
何のことはない、最初から答えは出ている。
* * *
久し振りのラフ。イッツ中途半端。漸く暗さが前面に押し出されてきたかな?
プロット書いた筈なのに途中から全く別のお話が展開されているという謎。