「vi-tata!」
好い加減その名で呼ばれることにも慣れたが、それでも未だ振り返る際の苦笑は隠せない。
「はい。何でしょうか?」
「はは、そんな困った風な顔すんなって。今日の日替わりランチ、教えてっ!」
「本日はクリームソースのキノコスパゲティか、若しくはアスパラガスとベーコンのペペロンチーノの2種類になります。ミス・レイジアがお店に立っていましたよ」
「マジ?行く行く!お前も一緒にどうよ?食堂のおばちゃんら喜ぶぜー」
「申し訳ありませんが、仕事がありまして。また今度、是非」
それじゃあ、と言って手を振った顔見知りの青年に軽く会釈をしてから、tataは再び歩き出した。常人のそれよりも歩くスピードは少々速い。普段の彼のそれ以上になっているのは、他ならぬ今が仕事中であり、手にしている書類を別の部署へとなるべく迅速に届けなければならないからだ。
「あら、お早う、tata。お仕事お疲れ様」
「お早うございます。お気遣い感謝します」
成り行きというか自然と顔が広いお陰で、彼は道行く人々によく声を掛けられる。彼もそれに律儀に応えることを欠かさない。どんなに忙しい時でも、相手を無視することは相手への侮辱であるというのが彼の持論だ。
勿論、仕事で手が離せないような時は予めそれを相手に伝える。tataがそういう人物であることは皆が知っているので、それなら仕方ない、と大抵の人間ははそれで諦めるのである。
実直かつ忠実、正しく誠実を絵に描いたよう。人々は彼のことをそう表現する。
背筋の伸びた長身の身に、整った顔立ち。柔らかに微笑む顔は包容力に溢れていながら、どこか幼さも垣間見える。常に軍服で身を固め、勤勉で仕事もそつ無くこなし、それでいて仕事一辺倒になることなく社交性にも優れる。その紳士的な振る舞いから、老若問わず女性達の間では憧れの的であり、勿論男性の親しい友人知人も数多い。
その完璧さを妬む気さえ失せてしまう程、彼はすこぶる完璧な人物であった。
尤も、彼はヒトでは無かったが。
『tataみたいな人、居ないかしら。うちの娘の婿に♪』
『私の様な者には勿体無い御言葉です。御息女にもきっと良い御相手が見つかりますよ?』
『えー、私はtataのままで良ーいー。ロボットでも良いから結婚して!』
『め、滅相もございません。私奴の様な身分の者には』
…云々。
何事にも律儀に返すその態度から、人々には時にからかいの対象としても扱われているらしい。そのことに、当の本人は気付いているのかいないのか。
神国における最大の軍事力を誇る地下要塞施設、地下都市Iely。
彼はこの施設に常駐する特殊部隊の一員であり、ここで戦闘要員兼雑用係としての命を与えられている。
とは言っても、特殊部隊としての活動を行うことは殆どと言って良い程無く、部隊よりは軍の雑用として日々を雑務に追われる、軍隊の中では最も低い地位にある。しかしながら、彼がこれまで積み上げてきた実績も然り、彼に対する周囲の信頼は殊更に厚かった。彼の昇進を求める声すら出ている程だ。
他国では機械に対してもそれなりの地位を与えている国もあるが、機械には風当たりの厳しい神国のこと、今日の世論も相俟って、彼の昇格は今の所現実のものにはなりそうにない。
何より、彼自身がそれを希望していないのだ。
とはいえ、既に軍の中で彼の存在は無くてはならないものになりつつある。
Ielyの全てを把握していると言っても過言ではない、その情報量。周辺地理の把握は勿論のこと、その巨大さから細部までを理解することは不可能とまで言われるIely内の施設に関して、彼が答えられない問いは無い。その日の貨物輸送における移出入の全内容から戦力数の逐一の変化、人事異動、各部隊の状態、果ては司令官の機嫌や食堂の日替わりメニュー、都市内に棲み付いている野良猫の数までを完璧に把握していると言われている。
純戦闘用機械ではないにしろ単体での戦闘能力は高く、また当然軍用機器や兵器の取り扱いにも長けているので、オールマイティな兵士として別の部隊のヘルプ等に回されることも多かった。
『tata』
「はい?」
書類を送り先に届けた所で、通信が入った。部隊長からだ。
『至急戻って来て欲しい。場所は第4司令室』
「わかりました。直ちに」
歩く速度が、また一段階増した。なるべく人通りの少ない道を選び、かつ最短距離に近いルートで目的地までの移動を開始する。
「失礼致します」
部屋に入ると、直属の上司に当たる部隊長が椅子に座って待っていた。
一旦立ち止まって敬礼をすると、隊長は頷いてから「こっちへ」と手招きした。
「遅くなりました。申し訳ありません」
「いや、問題無い。それよりも、少し話したいことが……実際に見た方が良いだろうな。これだ」
そう言うと、隊長は目の前の机上に置いてあった書類をこちらへ差し出した。ありがとうございます、と一言謝辞を述べてから受け取る。
1枚目の書面に軽く目を通した後で、tataは隊長の顔を窺った。
「…召集令状、ですか?」
「そのようだ。連軍が再編されるとの情報もある。恐らくは、その中の一部隊への配属だろう」
「場所は…」
「Zetford。帝国領だ…訊かれるだろうと思ったよ」
「申し訳ありません。しかし、私はここへ永久派遣されている身です。その点に関しては…」
「ああ、上層部とも大分揉めたらしいんだが…私としても、お前にIelyを抜けられるのは非常に痛い、と何度も言ったんだがね。如何せん、向こうも戦力を集めるのに必死なようだ」
「そうでしたか…お気遣い感謝致します、隊長殿」
「引き受けてくれるか?何なら、もう一度交渉してみてもいい」
「いえ、命令であれば従います。自分に出来ることが少しでもあるのなら」
「そうか…わかった。頼むよ」
もう一度、手元の書類に目を落としてみる。配属先だろうか、奇妙な文字の羅列がそこにあった。
「…“RAINBOW”?何ですか、これは」
「ああ、私もふざけた名前だと思ったんだが…どうやら、配属先の部隊名になるらしい。code-nameも付与されるようだ。確認しておけ」
書面の下の方にあった認証キーを利用してロックを解くと、そこに自分に与えられたcode-nameが記載されていた。
『violet』
―――小さな全てが、ここから始まった。
* * *
終わったー!YATTAーー!!8月中に終わらせたかっ た(ギリギリもイイ所)
何か色々書いてるけど、ぶっちゃけ軍のことってよくわからん。誰か分かり易く図解で説明してくれ。