彼女の行きたい方向へ行かせてあげた。いつもそうしていたのだから。
そしたら、これだ。彼女はつくづく運が無いらしい。
尤も、俺が運が無いだけなのかもしれないけど。
* * *
「“Kronnmellの亡霊”??スゲー奴が掛かりましたね、後で1回手合せ願っても良いッスか!?」
「馬鹿、取調べの邪魔だろうが」
「俺から頼んどいてやるから。あっち行ってな」
机を挟んで目の前に座っている男がしっしっと手を振ると、外野2人は(1人がもう1人に連れて行かれる形で)奥へと引っ込んでいった。2人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、目の前の男はこちらに向き直った。その隣に立つ緑髪の男はさっきからずっとこちらを向いたまま、身体も口も動く様子が無い。
「あんた、俺に似てるね」
ヘアバンの下の視線が僅かに動き、俺の目をぴたりと捉えた。…成る程、彼は牽制役って訳か。
その様子を横で見ていた目の前の男(こちらは黒髪で右目に大きな傷跡がある)は小さく笑うと、「確かに、見た目はな」と言って手元のボードに目を落とした。
「けど、俺の相棒は厳しいぜ?手前みたいなちゃらんぽらんじゃねーよ」
「だと思った」
視線がキツイ。けど何処か心地良い。こちらまで背筋を伸ばしたくなる様な。
しっかり者の証拠だ。
「さて、…Kronnmell所属のLv.5-humanoid、正式名称T-HvB:06、通称『GREEN』。この情報に間違いはないな?」
「新情報が入ってないな。調べられなかった?」
「質問に答えろ。yesかnoか」
「yes。…なあ、こんな原始的な情報伝達手段で良いわけ?これじゃ俺がいくら嘘吐いてもバレないんじゃないの?」
すると、相手側の2人は顔を見合わせた。無言の遣り取りがあった後、その位説明してやるかという結論に至ったらしい。否、俺を納得させる為か。
「今、世界規模で回線の遮断若しくは著しい混乱が生じてる。下手に繋ぎたくないってのと、手前の頭ン中にどんな爆弾が仕掛けられてるのか予想もつかねーんでな。…それに、その点に関しては再三警告した筈だ。まさか忘れちゃいないだろうな?」
「まさか。あんな屈辱を忘れるもんか」
―――Ionを、引き渡したことを。これで2回目だ。
君たちは知らないんだろうな。護るべき対象を失うことが、俺達にとってどんなに辛いことか。
それは、存在意義を否定されるのに等しいんだってことを。
俺達のような道具として扱われる存在が、最も恐れることだ。機械に恐怖なんかありはしないって?馬鹿言っちゃいけない。
その恐怖に駆られた機械達が何をしたかは、明白だ。そして俺も。
「Ionは無事なんだろうね?」
訊くと、黒髪の彼は真っ直ぐに俺の瞳を見据えて言った。
「約束は守る。だから手前も守りやがれ」
「…わかってる。嘘は吐かない。それで君達も彼女を返してくれる」
「ああ。…こっから解放するかどうかはわからねえけどな」
「それは一向に構わない。俺は彼女が傍に居てくれればそれでいい。俺が護れる範囲に。…随分とそっちに都合の良い条件だけど、まあ確かに勝手にこっちへ入ったのは俺達だ。その点は一歩引こう。彼女を渡したのもそうとってくれ」
「物分りが良いな?こちらとしても助かる」
「無駄な争いは避けたいからね。…特に、君達2人は手強そうだ」
「お、わかる?」
「何となく」
恐らく、ここで抵抗しても無駄だろう。彼女に危害が加えられない限り、抵抗する気も無いが。
お互い笑い合ったのはほんの僅かな時間で、すぐに黒髪の彼の表情が真剣味を帯びたものになった。迫力があると言うか、凄みが利いていると言うか。下手なことを言えば噛まれそうな勢いだ。
…成る程、確かに彼は強い。
「ロボットは嘘を吐かない。基本だ」
「ああ、そうだ」
もう何度も繰り返した至極単純な確認事項でさえ、何かの儀式の様だった。彼は何を考えてるだろう。妙に気になった。
「なら、正直に答えろ。…お前がここへ来た理由は何だ?」
「、え?」
一度、目を瞬いた。2人の視線が俺の一挙一動を監視している。
「それは…単純だよ。彼女がこっちへ行きたいと言ったんだ」
「あ?」
「え?」
…沈黙。
今度は向こうの彼が目を瞬いた。その意表を突かれた感たっぷりの表情が滑稽で、思わず笑いそうになってしまった位だ。
「…あのー、…一応言っとくけど、嘘は吐いてないからね。繋いで解析すればはっきりするだろうけど」
「報復テロの為とか、無差別攻撃の為とか、スパイ活動の一環とか…」
「さあ?彼女がそんなことを考えてたどうかは知らないけど、俺は何も考えてないよ。彼女に従っただけ」
…何だ、ソレ。
そんな彼等の嘆きが聞こえて来る様だった。がっくりと肩を落として机に突っ伏す黒髪の彼。横の相棒君は相変わらず動かない。
黒髪の彼は一気にやる気が無くなったのか、胸ポケットを弄って煙草を取り出した。その行動を横目で素早く捉えた相棒君が一言。
「ging。…止せ」
う、と詰まった彼の反応を見て、堪らず声に出して笑ってしまった。…まるで蛇に睨まれた蛙だ。
「厳しい相棒君だね」
「だろ?…了解、後は彼女に訊こう。約束通り、彼女を返してやれ。hio」
「わかった」
黒髪の彼と2人きりになった所で、彼に言った。
「俺は別に嫌いじゃないから、どうぞ」
「…hioに怒られるから、いい。つーか、お前ってロリコンなワケ?」
「少女趣味ってわけじゃないんだけど。彼女がまだ小さいだけで。って言ってももう13歳だけど」
「…じゃ、シスコンか」
「まあ兄妹みたいなものかもしれないけど、その定義は正しくない」
「…親バカ?」
「今はそんな所かな」
「へえ。…それにしても、彼女の我侭に付き合って来ることも無かったろうに」
「いつもそうしてたから」
へいへい。世話役ってのも大変だな。
そう独り言ちてから、思い出した様に彼は言った。
「…あー、そうだ。悪ィんだけど、後でさっきの奴にちょい付き合ってやってくんねーかな?」
―――それは、奇妙な集団だった。
* * *
会話多い?その方が楽だけど。
コイツはやっぱりアバウトな部分が多過ぎるな。