「Harvest、怒ってるのか?」


聞こえて来た声に、漸く収まりかけていた苛立ちが再びふつふつと湧き上がってくるのを感じた。次に視界に入って来るであろう顔を想像すると、これまた余計に苛立つ。それが現実になると益々苛立つ。余計なことは考えない方が良いな、とHarvestは思った。

視界の端で暗い朱色の髪が揺れる。もう陽も落ちているのでその色とは一見判り難いが、何故か妙にはっきりと見て取れた。普段見慣れている所為だろうか。苛立ちの脇で、ちらりとそんなことを考えた。

暗い朱色頭のドッペルゲンガーは一度正面に立った後(当然顔も視界に入ったのでそこでまた苛ついた)、横の手摺りに腰掛けた。そのまま夜空を見上げる。


「…嫌だったら、無理にとは言わないが」


ぽつりと呟いたその声、その顔、その髪、腕の長さ、指の形、脚の線。

全てが、憎い。

何でか知らんが、この上無く憎いのだ。

それら全てをバラバラに捥ぎ取ってこの砂漠に捨てたなら、或いはこの気持ちも冷めるだろうか?


「何で」


苛立ちを隠すことも無く、俺はそいつを責めた。


「何で、お前が行くんだ」


こんな風にして批難すると、優秀なドッペルゲンガーはいつも困った様に笑う。これが最高に気に食わないことに、コイツは気が付いていないんだろうか。

そんな顔を見ると、今すぐ殴ってやりたい衝動に駆られる。右手が動くのを自制しつつ、そっぽを向いて答えを待った。


「…悪いとは思ってる。でも、今回だけは皆の好意に甘えさせて欲しいんだ」

「答えになってない。俺は理由を求めた」

「そうだな。…さっきも言った通りだよ。これが最後になると思うから」

「何の」


訊くと、一拍置いてから彼は答えた。


「皆に会える、最後のチャンス」

「皆?」

「ああ。この砂漠の向こうに居る、懐かしい仲間達」


ドッペルゲンガーは身体を反転させると、手摺りに手を置いて体重を預けた。地平線のそのまた向こうが見えてでもいるかのように、その目を細める。


「お前には想像もつかないだろうけど、この砂漠の向こうにはCarolよりもずっと大きな大陸が1つと、そのさらに海を越えた先には大諸島が広がってる。IchthyornisとDodoだ。どちらにも古い友人が居てね。…ずっと前、まだこの砂漠が閉ざされる前にあちこち連れて行かされて、その時に知り合った連中さ」

「…人間か?」

「いいや、殆どはhumanoidだよ。monoもその1人だ」


そう言われて、昼間にいきなり現れた白髪の男を思い出す。一緒に付いて来たらしい黒髪のチビは全然そんな雰囲気は無かったけれど、確かにあの男は妙に馴れ馴れしかったな、と思い出した。


「勿論、私はここのmasterdollで、そう簡単に離れていい立場じゃない。だからこそ、最後に会っておきたいんだ。きっと、もう…2度と会うことはないだろうから」

「何でそう言い切れる?」


さあ、どうしてだろうな。

ドッペルゲンガーは肩越しにこちらを振り返って、微かな笑みを見せた。…危うく反射で右手が出る所だった。

いつもこうだ。コイツは、俺が何も知らないのをいいことに馬鹿にするような素振りばかり見せる。…腹が立つ。


「でも、誓うよ。これが最後だ。もうこんな自分勝手な真似はしない」

「…誰に誓ってんだ手前」

「それじゃあ、お前に。Harvest」


いつの間にか目の前に立っていたそいつを見上げると、こちらを見下ろすドッペルゲンガーと視線が合った。


「そしてお前に許しを請おう。私の身勝手を、どうか許して欲しい」


その言葉には応じず、ぷいと横を向いてやった。


「…俺を連れてく理由は?」

「お前に、世界を見せてやりたくて」


そう言うと、ドッペルゲンガーはさっきと同じ様に地平線の先に目をやった。


「世界は広いよ。この砂漠しか知らないっていうのは、あまりに…その、」

「俺が不憫だって言いたいのか?」

「…ああ。可哀想だって、皆が」

「余計なお世話だ」

「すまない」

「それが、俺とお前がここから離れるっつー最高に最悪なデメリットを上回るメリットになると?」

「…そう思ってるよ。少なくとも、私は」

「は。話になんねぇな」


これ以上コイツと話すのは無意味だろうと判断し、俺は立った。…それは宛ら、鏡に映った相対する実像と虚像の様に見えたことだろう。髪の色が違うというその一点のみを除けば。


「どけよ」

「最後にもう一つだけ」

「いい。聞きたくねー。……行けばいいんだろ、行ってやるよ」


その代わり、ここがどーなっても知らねぇからな。

相手を強引に押し退けて中へ入る前に、思いっっ切り睨みつけてそれだけ言っておいた。



*          *          *



「…私と同じ様に、大陸で友人を作って欲しいだけなんだが」

「なーに、心配するこた無ぇよ。向こうにも奇人変人共は揃ってるからな、案外異常に気が合っちまって帰りたくなくなるんじゃねえの?」

「それは無いよ」

「だろうな」


横でcedricがうんうんと頷いたのを見て、monoは意外そうに「そうなのか?」と訊いてきた。


「アイツは多分、ここの誰よりもここのことを想ってる。俺達を含め、な。…素直になれてないだけなのさ」

「vermillionよりも?」

「そうだな、もしかしたら私も負けてるかも。Harvestの想いは強いよ」

「アイツは余計なことを考えないから」


アイツの中から出て来る迄に色々とひん曲がっちまってるその想いが、ちゃんと真っ直ぐになるといいんだけどな。

ぽつりと呟いた相棒の言葉に、深く頷いた。

あと彼に願うのは、本当に唯それだけなのだから。






―――そして、彼らは出会った。運命でもなく、必然でもなく。



*          *          *


ワガママボウイ。なので若干子供染みた描写が多い。

最後の言葉は内容とは全然リンクしてないのでスルーした方が良さげ。