何の拘束具も無しに目の前に突き出されたそいつを見て、そんなに弱っちい奴なのかと思った。拘束具さえも不用な程に。

やけに背の高いそいつは、俺と同じ赤い瞳。何処も見ていないようで、しかししっかりと焦点はこちらを捉えている。口は真一文字に結んだまま、緩められる様子も無い。

無感情な瞳が、やけに癇に障った。見下ろされているという不快感からだろうか。


…ヘンな奴。


自分が言えたことでは無いが、妙に扱い難い雰囲気があった。そいつの横に居る博士の方をちらりと見やる。

…彼が頷いたのを許可と認識。適当に、さっさと済ませてしまおうと腕を振り上げた瞬間、―――思わぬ反動を身体が感知した。


「何をしてる?!」


俺の生みの親に当たる彼の上擦った声が、やや遅れて耳に届いた。明らかに俺に向けられた言葉だ。


…あれ、違ったのか。


俺の腕を捕らえている目の前のそいつは黙ったまま、相変わらず何の感情も宿していない無機質な目でこちらをじっと見つめている。俺の突然の行動に驚いた様子も無かった。予想されていたんだろうか。


「riga、勘違いするな。彼は処分対象ではない」

「ふーん。…離せよ」


言うと、相手はあっさりと腕を解放した。やはり何の言葉も無い。コイツ、Lv.5-humanoidの癖に喋れないのか?

博士はその様子を見てふうと一息吐き(安堵したのだろう)、こちらに向き直った。


「改めて紹介するよ。彼はAZ-01、通称φ。今日付けでここで無期限の観察及び試験運用を行うことになった、master・azureの息子だ」



「宜しく」



そこで初めて、そいつは言葉を発し、こちらに軽く頭を下げた。



*          *          *



「…azureの息子とはな。大したぼんぼんじゃねーか」

『ハハ。そやな』


“彼”とは偶にこうして話す。独り身でロクな話し相手も居ない俺を気遣っているのだろうか、それとも単に向こうが寂しいだけで話し相手を欲しているのか。いずれにせよ、悪い気はしない。コイツとは妙に馬が合う。


「何考えてんだかよくわかんねぇけど、仕事は淡々とこなしてる。抵抗あるかと思ったが…その辺は見た目通りドライだな、あいつ」

『元々そういう奴や。azureもよーわからん言うとった。それでも愛せるんがazureの凄い所やな』

「愛する、ねえ。…溺愛してた息子を手放した、ってのは?何かあんだろ」


訊くと、彼は苦笑したらしかった。


『他人のプライベートにはあんまし首突っ込まん方がええで。…ほな、またな』

「もう帰んのか?」

『willyとsakuraがまた喧嘩しとんねん。放っとこ思たんやけど、五月蝿くて敵わんわ』

「ったく、喧嘩する程仲が良いってのはこのことだな。2人に宜しく言っとけ」

『ああ。…φのこと、大事にしてやってくれな。根はええ奴やから』


いつもの様に「消える」前に、彼はそう一言残していった。


彼が完全に消えた後で、ふむと頷き、俺は椅子の背に大きく凭れた。手を組み、そのまま天井を仰ぐ。

そうしてから、ぷっと吹き出した。プライベートには介入するな、か。アイツが言えた台詞かってんだ。俺の型番から何から何まで知り尽くしているあのヤローが。


『根はええ奴やから』


例の俺と同じ赤目の男の―――そこで、そう言えばさっきの“彼”も赤目だったかと思い出した―――これまでの仕事ぶりを思い返してみる。まだ直接的な汚れ仕事はやらせていないが、命令には至って忠実に従うし、さり気無い気遣いも垣間見える。実はそれに結構助けられているのだが、勿論口には出さない。向こうも感謝の言葉を求めている風でもない。それが当然のことなのかもしれないが。

一応は上司となる自分からの感想を言わせてもらえば、彼は有能な補佐役だった。

しかし、彼はあまりに淡白なのだ。普通から見れば自分も十分そうであるのは自認しているが、アイツの場合は俺の10倍位あっさりしている。


…何でも理由を求めるのは好きじゃない。が。


「…興味は、あるか。な?」



*          *          *



「よう」


声を掛けると、相手は少し驚いた様だった。瞳孔が一瞬(それでも僅かであるが)見開かれ、すぐに元のサイズに収縮する。彼のそんな反応を見たのは1週間目にして初めてなので、してやったりと俺は笑った。


「流石に予想してなかったか?searchは怠るなよ。ここはこんな所だ、何が起きてもおかしかねぇんだからな」


そう、例えば留守中に、鍵を掛けた筈の自室に誰かが入ってた、なんてことが……まあ、まず有り得ないだろうな。

φはこちらを批難する素振りも言葉も無く、部屋に入って持っていたボトルを近くの小テーブルの上に置いた。


「…以後、気を付けます」


せめて「何で居るんですか」位訊いて欲しかったな。苦笑してから、やけに相手の反応を求めている自分に気が付いた。


「これ、お前の兄弟?一緒に写ってんのazureだろ。お前の親父」


こちらに背を向けてシャツを脱いでいたφの動作が、ほんの一瞬だけ止まった。机の上に置いてあった写真を手に取って、その反応に俺はまたもやしてやったりと笑う。…流石に声は出さないが。


「…そうです。Origin・azureに関しては父親、という表現は適切ではありませんが。…俺の生みの親です」

「細かいこと気にしてんな。あー、お前が左耳にしか耳飾り付けてない理由ってコレか?コイツ。右耳にしか付けてねーな」

「…そうです」

「何で?」

「…双子なので。そうしろと、Originが」


変わらず淡々と応えるφ。


「お前の兄弟もどっか飛ばされたって聞いたけど。全員か?」

「…2人目は五研に、3人目は九研に。4人目はそのまま一研に残り、5人目は二研へ回されました」

「見事にバラバラだな。で、お前は三研に来たと」

「…master・riga。俺に、何か?」


問い掛けに顔を上げると、こちらを静かに見つめる同色の瞳と視線がぶつかった。

彼からの質問に驚く前に、ラフなランニング姿の彼を見るのはこれが初めてだな、と思った。


「いーや。他意は無ぇよ。お前に興味持っただけ」


向こうからの問いがあったことに少し満足しつつ、邪魔して悪かったな、と俺は座っていた椅子から立った。

φは腑に落ちない表情で、しかし何も言わない。彼の前で一旦足を止めて、見上げて言った。


「…俺も、あの人には世話んなった身だ。ここはロクな噂があったもんじゃ無ぇが、お前のことはちゃんと面倒見てやるよ」


それに、と付け加えておいた。


「お前のことも、もっと知りたいと思うしな。まともな話し相手が出来たのは久し振りだ」


こいつと話してると、何故かホッとする。今まで頭のオカシイ奴ばかり相手にしてきた所為だろうか。

とん、と胸を叩いてやると、φは目をぱちくりさせた。その様子に、今度は声に出して笑ってやった。


「先ずはフツーに声出す所から始めてみろよ」






―――彼らはまだ、お互いを知らない。



*          *          *


基本根暗なリーダー。黙ってても仕事はちゃんとこなします。

RAINBOW.の面子7人の内3人が三研所属なので、そこの(悪の)大首領rigaは頻繁に出て来そうな予感。

最後の言葉は何故か成り行きで西島先生。