走っている。電車の扉の開く音がする。

少し遅れて階段を駆け上り始めると、降りて来た乗客数人とすれ違った。その後に続く、大量の乗客。車両から吐き出されてきたみたいに。

間に合うな、と踏んだ。そのまま2段抜かしでそう長くもない階段を一気に駆け上がった。


ところが。

ホームに出た時には既に降りた乗客達の姿はとうに消えていて、あと1歩という所で目の前の扉は閉まってしまった。

慌てて足に急ブレーキをかける。もう一回開いてくれるかと思ったけれど、無情にも電車は行ってしまった。


ちぇ、何だよ。心の中で悪態を吐いて、それでも収まり切らなかったのでホームの壁をガン、と叩いた。丁度継ぎ目の様な部分で、片側の細かな模様が入っているピンク色の壁が目に鮮やかだった。材質はプラスチック。

下北の様に工事でもしているんだろうかと思いつつ、継ぎ目に貼ってあった注意書きの内容は見なかった。


ガン。ガン。ガン。

その後も数回壁を叩いて、流石に人が増えてきたのでそこで止めた。電光掲示板で次の電車を確認する。


次は…各停終点行き。


ああ、良かった。各停なら自分の目的地にも停まる。

壁に凭れて電車を待っていたら、同じ大学の学生らしい女2人が近くできゃいきゃい話し始めた。内心五月蝿ぇなあと思いつつ、しかし割とすぐに電車は来た。

列を作って降車する乗客達を待ち、女2人の後に続いて電車に乗る。他にも数人がその扉から乗った。


不図、違和感を感じた。改めて自分を見てみる。

右手には汗を拭いているタオル。左手には…何も持っていない。


オイオイ、手ぶらで何処行くんだ、俺。


瞬間、ホームを見ると、自分が立っていた壁の傍にいつも持ち歩いているプラスチックケースが置いてあった。

やばい!と形振り構わず慌てて電車を降りたのが幸いした。降りた直後で扉が閉まったからだ。

振り返ると、女2人は珍しいものを見るような目で扉の窓越しに自分を見つめていた。

…うるせー。忘れ物したんだよ。


背中で電車が動き出した音と風を感じながら、自分はのろのろとカバンの所へ行き、それが自分のカバンであることを確かめた。そしてその時、初めて傍にもう一つ別のプラスチックケースがあることに気が付いた。

自分のものとは、少し形が違う。多分、位置からしてあの女達のものだろう。さっきこちらを向いていたのはその所為だったのかも。


大学に行ってから事務室に渡してもいいけど、もしあの女2人のどちらかの物じゃなかったらそれはそれで迷惑だろう。自分は、遺失物取扱所を探すことにした。

しかし、近場のホーム案内板などにはそれが見当たらない。次の電車も来るだろうし、そろそろ遅刻が心配になってきたのであまり面倒なことはしたくなかった。

自分が居た場所のすぐ近くにホーム内の託児所があったので、そこへ行って遺失物取扱所へ渡してもらおうと思い、声を掛けてみることにした。


黒「すいませーん」

託児所の人(←科学英語のK先生だった)「はーい。どうしました?」

黒「ちょっと落し物拾ったんですけど、遺失物取扱所が何処にあるかわからなくて…」

友人Y「あれー、○○じゃん」


見ると、K先生の他に小中時代の友人が。え…ここ託児所だけど。

しかしそんなことは気にも留めず、自分は普通に返事を返した。


黒「よう」

K先生「ちょっと待ってね。案内するわ」

黒「あ、はい。お願いします」(←K先生なら面倒臭くても許す)

Y「ねー、『電気形体化』で良いんだよね?生体機構のテスト」

黒「え?」

Y「アゲハ蝶の翅の燐粉が、って所」(注※実際そんな問題は出題されていない)

黒「ああ、確かそれで合ってる…ハズ」

Y「良かったー…ね、どうしよ。あたし、多分生体機構のテスト殆ど間違えてるんだけど」


そもそもお前は小中時代の友人であって、大学違うだろうしそもそも大学行ってんのかお前?

そんな矛盾は夢の中では意味を成さず、自分達は同じ大学の同じ学科で同じテストを受けたらしかった。


黒「あー、俺だって前半部分の穴埋めは殆ど間違えてるよ。単位も危うい」(注※これは本当かもしれない)

Y「ホント?」

黒「ホント。あ、じゃあまたな。ちと急いでるから」


呑気に話して、それから遺失物取扱所へ行ったらまた電車に乗り遅れる。K先生に案内を頼んで、友人Yはその託児所に置いて行った。

K先生と暫くホームを歩いていくと、段数の少ない階段の手前辺りで次の電車のアナウンスが始まった。

やばい、と思って電光掲示板を見ると、「りんかい線 手掌中行」と表示されている。


手掌中って、何処だ?!


運良くホームの反対側の壁に路線図が書いてあったので、目を細めて凝視。人の邪魔もあり、よく見えない。


路線図(殆ど抜けてる)↓

(自分の今居る駅)-伊藤(目的地)-……-手掌手-手掌基-手掌中


ああ、良かった。こっちの方面だ。

流石にこの電車を逃したらマズイので、後は先生に任せて自分は元居た場所までひたすら走った。どうやら、自分のカバンをまたもやその場に置いてきたらしい。

扉が開き、再び乗客が吐き出されてくる。今回は確実に間に合いそうだ。


カバンを手に取り、電車に乗った。そこでこの電車が各停ではないことを思い出し、また路線図を見やる。

りんかい線は少々路線が異なるようで、各停よりも多くの駅に停まるらしい。自分の目的地である伊藤駅にも停まるようだ。

路線図には伊藤駅が2つあって少々戸惑ったが、その下にそれぞれ(S大学専門科)/(T大学・M大学キャンパス)と書かれてあり、ああ自分の降りる駅はこっちか、と理解することができた。



*          *          *


…お陰で生体機構の悪夢を思い出しちまったよ。くそう、友人Yめ…!(←八つ当たり)

実際この夢を見てたのは10分程度だったらしい。しっかし、電車の夢は久し振りに見たかな。


電車の夢は…あまりよくない夢だ。