「ねえ、結局marioは男なの?女なの?」
その発言に、自分は不覚にもずっこけそうになった。すぐ傍に居る上司に向けられた訝しげな眼差しが若干痛い。何事も無かったかの様に、こっそりと顔を背けておいた。
その質問を口にした純粋無垢な少年は、正に興味津々、といった様子で彼(彼女?)の顔を見上げている。群青の瞳がきらきらと輝いていた。
ああ、こういう芸当は有機生命体にしか出来ないな、と思った。
一瞬その場に沈黙が訪れた後、問われた本人は少年の方へ向き直って(多分笑ったのだと思う)目を細めた。
「おと「子供相手に出鱈目を教えるな。…女だ」
言い掛けた彼(彼女?)の言葉は、1人掛けの椅子に座っていた上司の声に遮られる。顔を見なくてもわかる、やや怒気を含んだその声。
経験から言って、この先の展開にあまり良い予感はしない。
「女なの??」
案の定目をぱちくりさせる、この場には不相応な程に幼い彼。
言ったきり何のフォローもしない上司。
傍観している自分。
…ああ、そういえば。今日は仕事が増える日だった。
「違う」
彼(彼女?)は、首に何重にも巻いたマフラーの下でぼそりと呟いた。何故下かと言えば、その異様に長いマフラーが顔の半分以上を覆っているからだ。
実際、彼(彼女?)に関しては口があるのかどうかも確認したことは無い。
音声を発している辺り、出力装置は付加されているらしいが。
「ふーん、女なんだ…」
「違う」
「僕はrigaの言うこと信じるよ」
「……」
「…でも、どう見ても男だよね?」
「だから、おと
―――瞬間。
最近では既に聞き慣れたその音が、空気を切り裂いた。
…今日は、随分早いな。
「少し黙ってろ。φ、今日の数は」
「7体です」
不機嫌な上司は何の遠慮も無しに舌打ちすると、脚を組んでぶらぶらさせ始めた。
「…面倒臭い。リストは?」
「ここに」
渡すと、上司は一通り目を通してから、押し返す様にしてこちらに返してきた。
「お前がやっとけ」
「はい。どうしますか?」
「全部」
「はい」
それだけ言って立ち上がると、上司はその長い黒髪を靡かせつつ、さっさと部屋を後にした。
後ろ姿に向かって形式だけの一礼をしておき、こちらを振り返る。
「…あーあ。riga、怒っちゃった」
見るからにしょぼくれた少年はそう言って、「僕のせいかな?」と訊いてきた。
泣かれるとまた面倒なので、とりあえず首を横に振っておく。すると、彼は「よかったぁ」と安堵して屈託の無い笑顔を見せた。…全く以て単純だ。彼は恐らく、他人を疑うという行為を知らない。
「でも、marioって女の子だったんだねー。…じゃあ、これからは僕も気を付けるね」
何を気を付けるのか少々気になったが、彼の考えることは大抵無意味なので問わずにおいた。後は何も興味が無くなったかの様に、バイバイ、とだけ言い残して彼も部屋を出ていった。
自然の成り行きかそれとも故意にか、その場に居残る2人。
「…あーもー」
ややあってから彼女(彼?)は心底ダルそうに、大の字になっていたその身体を極めてゆっくりと起こした。
「あの子ってば、どうしてあんなに乱暴なのかしら?」
「……」
「……」
「……」
「…な、なんてな」
弁解のつもりだろうが、全く意味が無い。
「…もう少しマシにはならないのか、その男装」
「だから私、じゃない俺はれっきとした女!だって」
「……」
「あれ?あたし今、何て言った?違う違う。男だよ、じゃない俺は男…あれ??」
「…もういい」
好い加減面倒臭くなってきたので、そこで止めさせた。
外見は何処からどう見ても男であるだけに、常人からすれば気味が悪いんじゃないだろうか。
第一、周囲にとってはとうに既知の事項(あの少年は知らなかったらしいが)であるのにも関わらず、そこまで隠し通す(既にバレバレだが)必要性は何処にあるのだろうか。
「…それより、大丈夫か」
「え?あ、…ああ」
どうやら、漸く頭が冷えてきたようだ。
どうも、という彼女(彼?)言葉に軽く頷いて、自分もそのまま部屋を後にした。任された分の仕事をやらなければならないので、正直あまり彼女(彼?)の相手をしている暇は無いのだ。
最早毎度の遣り取りになってしまったが(何せ上司も先の少年も残り2人の囚人も、彼(彼女?)のことには一切関知しようとしない)、彼女(彼?)もそれで何も言わないのでいいのだろう。
自分程他人に無関心である者は居ないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
こういうのを世間は広い、というのだろうか。そんなことを考えつつ、そろそろ頭を仕事の内容に切り替えた。
* * *
立ち上がると、カツン、と床に何かが落ちた。
見れば、先端がひしゃげた小さな金属の塊。
ああ、またやっちゃったわね、と心の中で苦笑する。
「ごめんね、mario」
―――彼らが揃うのは、まだまだ先のお話。
* * *
元があったから楽だけど、結局大して修正せず。
marionette、ツギハギだらけの操り人形。因みに本名は杜・木偶。