「大丈夫だよね?いけると思うんだけど」
「ああ、全然イケるだろ。潰れた目玉と左腕、冷凍保存して送っといてやるよ。それなら向こうも諦めがつくだろ」
「残骸にしちゃ少なすぎないか?右目は確実に潰れてるけど、左腕はさっきまで一応くっついてたし、損傷の程度が軽いぞ」
「どっちにしろ右腕と右脚は見つかってねえし、運んでた奴等はかろうじて“2人居た”って予想がつく程度だぜ?…なんなら、そいつらの肉片でも一緒に送っとくか」
「その方がいいだろうな。先方にごちゃごちゃ言われると面倒だ。後で回収して来よう」
「うげ。お前、相変わらず徹底主義だな。…まあいいか」
…何だか、頭上を妙な会話が飛び交っている様な気がするのは気の所為だろうか。
「バレたりしないかな?」
「なーに、あっちもこの件に関しちゃおおっぴらにゃ行動できねえよ。一応は『存在しない』ことになってる奴だからな。…ま、何かあったらこっちもこっちの言い分があるってもんさ」
「その通り。まさかの実物拝見だからなー、奴等にとってこれ以上の失態は無ぇよなあ?」
「じゃっ、そーゆーことで。ねえ、そうしなよ?」
彼等の会話がそこで途切れたので、最後の彼女のその言葉は自分に向けられているのだと認識した。
…とはいえ。状況がまだ上手く飲み込めていない。
一体、彼等は何を考えている?自分に、何をさせたい?
そもそも、どうしてこんなことになったのだろうか。
いくら考えても、その答えは見つかりそうになかった。
* * *
「私の声、聞こえる?」
大部分がぼやけた視界の中で、うっすらと人の頭の輪郭をした影が見えた。
その声は、どうやら自分に問い掛けているらしかった。返事をしなければと思ったが、声が出ない。口がほんの僅かに動くだけで、到底音にはなりそうになかった。
いつの間にか視界は暗転して、時間の感覚も薄れたまま、意識は再び無の深淵へと落ちる。
次に自分が目を開けたのは、4日後のことであったらしい。
目を開けてみたら、自分の身体が何だかとんでもないことになっていた。
まず、右腕が無い。
右脚も無い。
どちらも、代わりに無機質な金属の骨格と神経コードが繋げられているだけ。
左腕は、肘から先がそれと似た様な状況で、こちらはかろうじて腕と認識できるような形をしていた。
唯一機械部品が見当たらない左脚は、しかし包帯で完全に固定されている。
視界がやけに暗くて狭いと思ったら、右目は潰れて目玉(の残骸?)が飛び出てしまったらしい。
…薄い毛布が掛けられている胴体部分は、最早見る気も起きなかった。
内臓に関してはいくつか生体部品を移植したらしいが、腕や脚は在庫が無かったそうだ。
何が起こったのかわからず、ただ呆然とその身体を眺めていたら、傍に居た彼女が訊いてきた。
「ねえ、あなたは誰?」
「…こりゃまた、厄介なモノ抱え込んじまったな」
目の前の若い男は、腕組みをして壁に凭れ掛かっている。柄にも無く険しい表情をして、何やら考え込んでいるようだった。
「あれは…やはり、そうなのか?周知のこととはいえ、噂だけと思っていたが」
「噂だと“思いたかった”だけだろ」
「…そうかもしれんな。医者として」
「イヤ、悪りぃ。院長に当たるつもりは無いんだ。ただ、いざ現物見ちまうと胸クソ悪りィから」
「それは私も同じだよ、azure」
「下の名前で呼ぶなって、何回言えばわかる?」
「怒るな」
「怒ってない」
「…とにかく、今日は助かった。一度家へ帰れ。親御さんも心配してるだろう」
「beisiaには連絡とってある。…今晩は、あいつの様子を見てる。hallもそうするだろうしな」
「それは有難いが…いいのか?父親のことは訊いたのか」
「何でそんなこと訊かなきゃならない?」
「一応、無事を確認しておいた方が良いだろう。島全体がこんな状況だ」
「必要無い」
「お前、やっぱり怒ってるだろ」
「怒ってるよ」
そう言うと、男はむすっとして病室の方へ行ってしまった。
流石に、彼もまだ若いか。そう思ってしまう自分が年老いただけなのかもしれないが。
さて、―――どうなってしまうことやら。
初老の医師は、ふう、と短く溜息を吐いて独りごちた。
* * *
正直、まだ声を出すだけで酷く疲れる。そろそろ目を開けているのも辛くなってきた所だ。眠ってしまいたかったが、この状況で寝たらまた次に目が覚めた時には何が起こっているのかわからない。
彼等の会話を聞いていると、それが単なる杞憂で終わりそうにない気が十分にした。
「つまり、私に、…ここに、残れ、と?」
「うん」
さも当然の様に。こちらが拍子抜けする程あっさりと、彼女は答えた。
これまでの彼等の会話をまとめると、
・自分は今の所、生死不明になっていて死体は見つかっていない状態
・自分を運んでいた人間2人(多分)は、どちらも原型すら留めず死んだらしい
・つまり、自分を知る人物はここに居ない
・しかし、一研の人間が回収に来ることは間違いない
・回収されたら恐らく(というか確実に)身体不備で廃棄
・じゃあ、いっそ一研に証拠品を送って死んだことにしちゃえば?
…そんなことを、言われても。
自分はどうすればいいのか、どうするのが良いのか、自分にはさっぱりわからない。そういうことは、教わらなかった。
どうして、自分はこんな所に居るのだろう。そればかりが頭をぐるぐる回って、どうしようもない不安感にかられた。
不意に、気持ちが悪くなる。息が苦しい。
「大丈夫?!」
こんなにも近くに居るのに、彼女の声がやけに遠く聞こえた。
* * *
前フリが長すぎて一番書きたかった内容が書けなかったというオチ。…死ね自分。
つーか、確実に本編には出ないであろう無駄な場面ばかり書いてしまうのは何故だろう。
…自分、azure愛してんなァ。(本編では名前すら出てこないだろうに)