3.11から10年経ったのですね。


先日も大きな地震がありました。


縦と横に揺れた、

震災の時と同じような揺れ方です。


今でこそエコ場市だの、エコサロンだの、

馬鹿みたいにほざいている僕でありますが、


当時は一回のサラリーマン。


数字に追われ、

仕事に追われ、

女の子には追われずに、

ただただ毎日をやりこなすだけの人生を送っていました。


その目に映る自分に、

今の自分の姿はなかったのです。


Facebookでは

震災時にボランティアへ出掛けた友人もいました。


すごいなぁ

当時の僕には出来なかったことです。


そんな余裕さえなかった。


いや、

今でもそのような活動に加担出来るような人間に成長出来ているわけではありません。


そうなりたいとも思えず、

出来る人がやればいいと思っていた。


僕は僕の出来ることをする。

当時からそういう考えでした。


それは今でもあまり変わらないかな。

ただ、出来る範囲が変わってきつつあります。


余裕のなく、

あの時何もしなかった自分。


行動のなかった自分。


人は変われます。


人を変えようとすることは難しい、

けれど、

人が変わると思った時、

人は変われる。


自転車に乗れた時、

ブラインドタッチが出来た時、


いつの間にか、自然と体が覚えていたように。


あの時描いていた未来の自分の姿は、

漠然と疑問を持ちながら同じ仕事をしている自分でした。


そして今、

それとは違う自分がいる。


僕の10年です。



珍獣。


ノート





4月24日25日、
2回目のエコ場市に向けて、
資材を拾いに行って参りました。


本日は友人の内装会社の倉庫に使わずに眠っていた商材を回収させていただきました。

こうやってみると乱雑ですね。
車の荷積も課題です。💦

ひとまず、
現在、ここまで無料でやらせて頂いてます。

多くの内装会社と契約を取り、
たくさんのイベントを発生させて、
盛り上げていきたいと思います。

○すべてはビジネスワールドで、
 片付けられるのが悲しい。

先日は僕の妻を例にして、
突破力の話をしました。

今日はあらゆる面において、
ビジネスシーンで片付けられてしまうのが悲しいというお話しをしたいと思います。

何かを誰かと比べて、
秀でるとか幸せであるとか、

それがすべてにおいて、
稼いでいるとか、売れているとかで
計ろうとする社会が、時々妙に悲しくなることがあります。

『僕はお金がなくても、
写真を仲間と撮っている時が一番幸せだ』

『売れてないけど、
好きな絵を描いている時の自分が好きだ』

『いろんな場所へ行って、
そこで本を読んだり書いたりして過ごしたい』

人それぞれの尺度があって、
価値があるはずなのに、

今の社会はどこへ行っても、
『売れている』
『儲けている』

が正しいとされている。

そうじゃないのは、間違いである。

成功者とそうでないものとに分けられて、
みんなそちら側に入ろうとする。

僕自身もそうだけれども、
決してそれがすべてではないことには気づいている。

間違いであるはずがない。

みんな、そうなはずだと思うのだけれど、
どうなのでしょうか?

もちろん成功するために色々挑戦することに異論はありません。

でもそれのみが世の中の正しさではないです。

僕はこのECO SALONで、
この概念を実現させてみたいと思います。

みんなはそれぞれ、それぞれがみんな

一緒ではないということ。