台風大直撃!

となるはずだった、

7月11日金曜日、

本っ当に珍しく都内に出張。
場所は飯田橋。

朝一で職場を出立、
11時前にJR飯田橋着。

雲一つない超快晴。
すげぇ暑いんですが。

ネクタイしてスーツのジャケットまで羽織っている馬鹿は、
あたくしぐらいなもんでした。


用件はお昼からなので、

それまでの小一時間は、
やや自由。


そこで。



飯田橋駅西口を出て、
早稲田通り沿いに南下。

上り坂を進む。

この一辺は、
「富士見」の名が地名に残る九段の丘、
その昔は此処から富士山が見えたんですな。

登り切ったところに靖国神社と、
目の前には日本武道館、
皇居は目の前。

靖国通りを上野側に歩くとそこは九段下。

九段下の交差点から、
皇居側を見ると、

いつみても奇妙な印象の、
建物が見えます。

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九段会館です。
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なにが奇妙かって、

明らかに洋式建築の建物なのに、

屋根はお城www


1934年(昭和9年)竣工。


明治維新以来、
世界の「一等国」を目指し、
近代化の名のもとに貪欲に西洋文明を飲み込んでいった日本。

気付けば維新から60余年、
文字通り当時「一等国」の仲間入りを果たし、

もはや極東の小国ではないといった、
国としてのアイデンティティは、
昭和の初めにナショナリズムを台頭させた。

そういった風潮は建築様式にも影響を与え、

このような和洋折衷の建物、
モダニズムの中に和式を持ち込んだ「帝冠様式」と呼ばれる、
独特な建築様式を生み出したわけなのですな。

煉瓦の壁に屋根瓦、
鯱鉾っぽいのも乗っかってる。

面白いよね。


この建物は、
当時は軍人会館と呼ばれ、

竣工の2年後(昭和11年)、

当時の青年将校によるクーデター、
2.26事件の舞台ともなる。

その後は、
退役軍人等の宿舎であったり、
GHQに接収されながら存在し続けてましたが、

2011年、

大震災で、
天井の一部が崩落。

東京で唯一、
震災による直接の死者を出してしまうという、
悲しい事故が起きてしまい、

この件以来、
建物は時間を止めてしまいました。

そしてこの5月、
建て替えられるという法案が、
自民党内で了承されました。


そういえば学生の頃、
屋上のビアガーデンに行った記憶があります。

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建物を北側から見たところです。

ビアガーデンのあったところの、
屋上の緑はまだそのままなんだよね。

懐かしい。

ってか、
壁に妙に漫画チックな、
装飾があるよね。
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ナニアレ?


でも、

この建物も、
もういつまで残されるかわかりません。

そんなこともあって、
見てきました。


で、

この時点で、

まだ、
11時半前。

日照りにあてられ、

昼食も、
ちと考える余裕も無い。
がっつり食う気も無い。

だが何か美味いもの食いたい。

孤高のグルメ井之頭五郎の気分ですwww

歩くのも嫌になってたので、

さっきの九段会館から、
徒歩で1分も無いところ、

お寿司屋さんがありました。
回らない寿司屋さんです。


寿司政(すしままさ)さんです。
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「やってますか?」と、
戸を開けて聞いたところ、

「11時半からです」とのこと、

よく見ると、
『…確かにまだ戸口に暖簾かけてないじゃんorz』と、
無粋なことをしてしまったことを反省。

店の前の縁台に座り、
涼を取りながら開店を待つことに。

しばし、

「ここのお店は何かあるの」と、

開店前の寿司屋前で待っているオイラに、
ちょうど自分の母親と同じくらいの齢と思われる、
一人の御婦人が声をかけてきました。

事前調査してきたわけでもなく、
暑さのあまり歩くのも嫌になってここに居るんですとも言いづらく、

「『文久元年創業』という看板が気になって座ってます」
などとそれらしいことを答えたところ、

「そうね面白そうね、私もお昼はここで食べてみようかしら」
との流れになったのでした。

話の流れで、
自分は今日は出張で昼までの時間に九段会館を見に来たこと、
御婦人はゴルフで腰を痛めてしまい病院に向かう途中だった事など、
話していたところ、

暖簾がかかり店内へ。

折角なので相席で食べることになり着席。
ランチメニューがあるとのことで、

自分は「にぎり」
御婦人は「ちらし」

注文して配膳までの間も、
四方山話は続き、

東京駅近辺の古いビルの話や、

先日というか、
前回のネタ「土手の伊勢屋」さんにも、
「私も先月行ったのよ」なんて話も出てきて、

思いのほか会話は弾んだのでした。


数分後、

一つ目
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鮪赤身

鯛?

コハダ

カンパチ?



二つ目
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鮪赤身

煮穴子

玉子

干瓢巻


美味いのは間違いないんですが、

貧乏舌の自分には、
何のネタか解らないものがありましたwww

握りは、
赤酢のシャリで、

何と表現したらよいのか、
寿司自体がキュッと締まる感じです。

夏のバテた胃袋にはちょうど良かった。

普段回転寿司しか行かないような自分には、
目から何かが落ちるような衝撃がありました。

お茶の他に、
ガリと蜆の味噌汁が出ました。

相席の御婦人の散らしも美味そうでした。(さすがに写真は遠慮しました)


思わぬ廻りで、
楽しい昼食になりました。



日本橋にまたこれ美味しい穴子屋があるとの話も聞きましたので、
機会があれば行ってきます。






文久元年って、
1861年か!

すげぇ!









森山田