歌のレッスンを始めてから、かなり順調に回復していた私の声。
かなり安定してきたので、自信もついてきた。
私はもう戻らない、と心のどこかで勝手に過信していた。
だけど現実はそう甘くはなかった。
レッスンの最中、ダンススタジオのスタッフが舞台に使う小道具の作成をしていた。
器用に色々な小物を次々とリアルに作り上げていく。最初は感心して見ていた。
軍手をしたスタッフのが電動のドリルのようなもので次々にネジを材木に打ち込んでゆく。
手元に気をつけて・・・・・
そう心の中で呟いた。
私の心臓がドクンと音をたてた。
私の目の前がぐるぐると回りだす。
手・・・・・
軍手・・・・・
この二つのキーワードが私を過去に呼び戻した。
あの時、軍手の中で見つかった父の親指、血に染まったタオル・・・・・・・・・・・・・
静かに私は混乱した。
ダンスの先生が私の異変に気づき声をかけてくれた。
「大丈夫?」
なんとか「・・・はい」と答えた。
少しして、今度は先生が私の元に来て腕をつかんだ。
「顔が真っ青よ、どうしたの?少しこっちに来て休みなさい」
私は素直に先生の指示に従った。
「何かあった?」
「軍手が・・・・・ちょっと・・・・」
絞るようにそれだけ伝えると、先生は状況を察したのか、
「わかった、いいよ、大丈夫」
と言って、作業中のスタッフに別の場所でやってもらうように頼んでくれた。
先生は温かいココアを手に私の元に戻り、
「温かい物でも飲んで落ち着きなさい」
と、私の手にココアを握らせた。
私のせいでレッスンを中断させてしまって本当に申し訳ないという気持ちと、ぐるぐると頭をめぐるフラッシュバックに呼吸が苦しくなる。吸っても吸っても、酸素が身体に浸透していかない気がした。
ダンスの先生がレッスンに戻ると、心配そうに見ていた歌の先生がそばに来てくれた。
何も言わずに私の背中をさすってくれた。背中に優しくて温かい体温、両手には温かいココア。
胸がいっぱいになった。
怖い気持ちと先生方の優しい言動に、私の眼からは涙があふれた。
沢山の子供たちが練習しているのに、私はどうしてこんな所で涙を流しているのだろう?
きっと皆びっくりしているね。
ごめんね。
だけど、私の身体は私の意志でどうにもならず涙が次から次へと流れた。
すみませんでした。
ありがとうございました。
そう伝えたいけれど、今日はもう言葉にならない。
あんなに出ていた私の声は、また引っ込んでしまった。
また、戻るの?
せっかく歌えるようになったのに?
後半のレッスンはずっと座って皆の姿を眺めている事しかできなかった。