通院をし、カウンセリングにも通い、声は少しずつ出るようになっていったけれど、どうしても出ない音や音域がある。
以前は出ていた音域、高音と低音の中間の音が上手く出ない。だから歌も上手く歌えない。
自分の声は壊れた楽器の様だなと思う。
意図しない音が出たり、クリアに出なかったり、動かしていなかったので舌も上手く回らない。
普通の人からしたら恐ろしく滑舌が悪いというまでではないかもしれないが、以前の仕事柄クリアに発声し歯切れよく喋るということが身体に染みついている。だからこそ、ろれつの回らない自分の声を聴くのが辛くもどかしい。
私はどこへ行ってしまったのだろう?
と、時々思う。
声が戻った様に、いつかは元の自分に戻れるのだろうか?
どの音も同じくらいの音量で安定した声を出せるようになるのだろうか?
カウンセリングはもう話すことがない。
「どんなことでもいいので、どうぞ」
と、言われても、特別何が起きたわけでもなければ酷く落ち込むこともない。
声は出るが綺麗に出ない状態で、停滞している時期が長く続いているだけだった。
症例が少ないせいか、カウンセラーも解決に導くような答えも持ち合わせていないし、聞きたい答えも帰っては来ない。
意味があるのだろうか?
時間とお金を使って、ここに通う意味・・・・・・。
聞いてもらうだけで何が変わるとも思えない。
医師から処方される薬は昼間は飲んでいない。夜、眠る前にだけ飲むことにした。
昼間に不安を感じる事はないし、日中眠気に襲われるのは厳しいからだ。
まだ日中に薬を飲んでいた時に怖い体験をした。
ソファーでウトウトと昼寝をしていたら、目が覚めた。
いや、初めから目は覚めていたのかもしれない。脳か身体か、どちらかが寝ていてどちらかは起きているような不思議な感覚。
耳のすぐそばでザワザワと沢山の人が話す声が聞こえてきた。
自宅のリビングに居るのに、まるで渋谷や新宿の雑踏の中に居るような喧噪。
私の眼にはいつもの天井と、いつものリビングが映っているのに。
首をぶんぶんと振ってみた。
だけど声は止まない。
その中で一人の男性の声だけがやけに鮮明に届いた。
私に何か言っている。
「マドカラ トビオリロ・・・・・・」
!!!!?
私は横たわっていたソファーから転げ降り、床に身体を預けた。
まだ声が聞こえる。
「ハヤク ソコノマドカラ トビオリロ」
身体が硬直して起き上がる事は出来ないので、必死に声を振り払おうとした。
金縛りとも違う、夢でもなく・・・・これは・・・・・白昼夢?
私はついに幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか?
死にたいなんて、思っていないのに、こんな声が聞こえる私は潜在的に自殺願望でもあるのだろうか?
それとも心霊現象?
この一件を医師に話してみた。
すると医師は思いもよらない答えを返した。
「それは薬の悪戯かもしれませんね」
「薬の悪戯?幻聴が聞こえたりするんですか?」
覚せい剤でもないのに・・・?
「こういった類の薬には少なからず副作用があって、それは出る人と出ない人がいるのだけど、一度だけなら今の薬を続けていきましょう。何度も繰り返すようなら考えなくてはいけないけれど、今飲んでいる薬が一番弱い薬だから、それ以上弱い薬っていうのはないんですよ」
「・・・・・・はぁ」
とりあえず、頭がおかしくなったわけでも心霊現象でもなかったことに安堵した。
夜はまだ時々不安になる。
瞼を閉じると怖い映像が映し出され恐ろしくてたまらなくなったりするので、薬はまだ必要かもしれない。