その日は、長女と次女と三人で公園からの帰り道だった。 

 いつもの様に近所の仲良しのお母さんの家の前を通った。
 仲良しのお母さんといっても、その女性には子供はおらず、年は私の母と同じくらいだった。
 子供好きなそのお母さんは、うちの子供達を孫の様に可愛がってくれた。私も母の様に慕い、毎年母の日には花を贈っていた。
 そのお母さんの家には、フレンチブルドッグがいる。うちにもミニチュアダックスがいるので、犬の散歩で交流を持つようになったのがきっかけだった。2匹は同じ3歳だが、子犬時代からお互いに知っている。

 玄関前には散歩がえりの犬がつながれていた。
 子供達もよく知っている犬なので、二人は犬の名前を呼んで近づいた。

「ルーちゃん」

 突然、ルーちゃんが紐に繋がれたまま長女に飛びかかった。長女は体当たりをされて後ろに転倒した。次に隣にいた次女に襲い掛かり、次女も転倒した。
 転倒した次女になおもルーちゃんはウーッと唸り声をあげた。

 繋がれたリードがピンと張り、転倒した次女の所までは行けないが、リードがなかったら更に襲い掛かっていただろう。

 お母さんが一瞬、家の中に入り犬から離れている間の出来事だった。
 子供達の泣き声と犬の唸り声を聞いたお母さんは、慌てて飛び出してきた。
 私も慌てて子供達に駆け寄った。

「大丈夫?!」

 長女は転倒しただけで、怪我はなかった。
 次女は・・・・。

 次女は起き上がれずに泣いていた。
「痛い、痛いっ・・・・!!!!」
次女の手を見ると・・・・
小指から血が出ていた。
小さな次女の小指の裏と表に犬の歯の跡が・・・・・・・・。
一瞬、目の前が真っ暗になった。
次女の指が・・・・・・・・。
「大変!!」

お母さんは叫んで、靴をはいたままの次女を抱きかかえ家に入り、水で傷口を洗い流してくれた。
だけど、血は止まらない・・・・・・。
押さえたテッシュが血に染まり、次女も泣きやまない。
「うなちゃんが、ジジみたくなっちゃう!!」
長女が半べそで言いました。
「ならないよ、ジジみたくはならない!!けど・・・・」
けど・・・・・・・・・。
 クラクラする頭を必死で抑え、父の事故、血に染まった衣類、傷口を押さえた真っ赤なタオルが頭の中でグルグルと回り出し、心臓が止まりそうだった。
 呼吸が詰まる。 
 私は・・・・、
 私がこの子のお母さんだから、しっかりしなくては・・・・・!!
 その思いだけで、必死に呼吸した。
 泣き続ける次女に飲み物を飲ませ少し落ち着かせてから、病院へ連れていった。
私は病院で事情を説明できないので、一緒に来てくれたお母さんに説明してもらう。

「うちのフレンチブルドックに小指を噛まれて、予防接種は全部打っています」
 私達が駆け込んだのは近所の小児科だった。傷を見て、小児科でも処置出来る様ならそこでしてもらい、無理だったら外科へ言って欲しいと言われた。

「ごめんね、ごめんね。痛かったね。お母さんも、ごめんね。思い出しちゃうわよね」

 ルーちゃんのお母さんが、私と次女に謝る。
 私は首を振った。

 これは事故だ。
 普段はあそこまで攻撃的な犬ではないのに、虫の居所が悪かったのか・・・・?
 勿論うちの子供達が悪戯をしたわけでもなんでもない。
 お母さんによると、ルーちゃんは最近ちょっと情緒が不安定だという事だった。
 私も辛いけど、お母さんも辛かったと思う。

 義母は私達に無関心で殆ど合う事はなかったので、いつもルーちゃんのお母さんが側でお祝いをしてくれたり悩んだ時は相談にのってくれた。
 ルーちゃんのママは元幼稚園の先生なので、知識も経験も豊富。私にとっては本当に頼れる存在だった。
 幸い次女の傷は筋肉や骨にまでは傷は達しておらず、傷口は痛々しいけれど大事には至らなかった。その場で処置をしてもらい帰宅した。
 家に戻ると、物凄い眩暈に襲われた。
傷が大したことなくて、本当に良かった・・・・。
小さな細い指は、簡単に切断されてしまう。
そういう事故もよく耳にする。
そうならなくて、本当に良かった・・・・・。

 次女は夜ぐずることもなく、よく眠った。
 翌日にはまた公園に行きたいと言って、
「今日は、やめておこうよ?」
と言っても、

「行きたい、行きたい」
と言った。

 傷口も縫ったわけではないし・・・・。
公園で遊ぶ元気があれば大丈夫だね。
 昨日から心配して何度もメールをくれたルーちゃんのお母さんが、連絡したわけでもないのに公園に来た。いつも公園で遊んでいる時間を見計らって、様子を見に来てくれたようだ。
 元気に遊ぶ次女の姿を見て、私も飼い主さんも心から安心した。
 次女は2歳の頃から、ルーちゃんのお母さんとなら一緒にお留守番が出来た。
幼稚園の用事で私が行かなくてはいけない時、
雨の日にバス停まで二人を連れて歩いている時、
いつも助けてくれた。
「見ているからいいよ、行っておいで」
 私が幼稚園の用事を終えて次女を迎えに行くと、は私のお昼ご飯まで作ってくれている様な人。
 今回の事故はひやりとしたが、噛まれた犬の飼い主がこの方で良かった・・・・と思った。
 というより、私の人生でお母さんと出逢えて本当に良かった。
 血のつながりがなくても、こんなに暖かい人と出逢えた事は本当に幸運だ。
 声が出なくなってから、心配をかけたくなくて遊びに行っていなかった。
声が出なくなってしまった事も、すぐには言えなかった。
だけど、またお邪魔しようかな。
皆で一緒におやつを食べて、いっぱい笑いたい。




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