人というのはみんないろんなことを考えていて、実に面白いですね。
突然何って?いやもう自分でもわかりません。笑
ただ、十人十色とかいうけど、なんか変だなって思ったんですよね。
違うかな?たぶん善悪とか日常的な真偽というものが、いわば相対的なもの
だと考えているのだと思います。
そうしたものは結局のところ、家庭とか学校とか住む地域とか、属する社会の環境に依存しているのだと思います。しかし、それでほとんど大きく問題視されることはありませんよね。だって、多くは「慣れ」によって
判断をつけますから。大概は判断がついて、しかも大方の人とその判断を共有するということが起こりますよね。
僕はたぶんそうだったんです。
こう考えると、趣味とか好きなものとかはともかく、物事への判断の付け方って、結構似たり寄ったりなのかな、と。一方で人それぞれという考えをより徹底させるとなると、例えば誰かの意見に対して間違っていると主張することはできませんね。筋を通すということなど到底できない。だってその筋は人それぞれだから。少なくとも別のことを筋と思っている人とはダメです。だから、筋を通すということは、ある種の考えを認めないことに繋がる、という気がします。
別にそれで問題が起きない場合が多いと思いますが、慣習から外れた考えを持っている人と話をする場合に困ると思います。双方が筋を通そうと我を張れば、合わないですよね?合えばいいというものでもなさそうですし。
そもそも本当に人それぞれなら、我を張る必要も一致を図る必要もないと思いますけどね。
な~んちゃって。ただ、こういう相対性は頭の片隅に常においておかなきゃ、結局のところ意見の違う人の話をきちんと聞くことはできないかなと思いましてね。もったいないじゃないですか?少なくとも僕はそういう意見聞くの好きなんで。
後は合う合わないとか好き嫌いとか、人それぞれで判断つければいいかな~なんてね。
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