今日は祖母の家に行ってきました。でもって、就職先が内定した報告とかいろいろ話してきました。
同年代の親戚で、専門出た後東京で二十歳から一人で頑張ってる人がいるという話を聞いてきました。肉体的にも金銭的にも大変な仕事みたいですけど、必死に頑張って夢を追っているそうで。
思えば、結構そういう人が周りにいるんだなと気付きました。
研究者目指して平日・休日問わず研究活動している大学の友人や先輩、後輩。やりたい音楽を追求して東京進出したバンドマンの旧友。今は苦しい仕事で頑張ってるけど、いつか起業したいと語っていた小学校からの友達。そして今日聞いた親戚の彼です。
たぶん今まで関わってきた人で、そうやって夢を追って努力し続けている人はいっぱいいると思います。偉いというかすごいというか純粋というか、心底尊敬してしまいます。
でも尊敬してばかりではいけませんよね。今の僕には具体的になりたい自分とか夢といったものがないんです。大小問わず、何か具体的な目標がないんです。さすがに情けない気がします。
あまり具体的でない目標ならあるんです。例えば、何でも受け入れられるような適応力・包容力のある人間になりたい、とか。ニュアンスの違いも含めれば、もっといっぱい。
そういうんじゃなくて、もっと具体的な何か。今までは、やらなきゃいけないことの他には、何も考えずに好きなことだけをやれてて、それで満足していた。でも、知らず知らずそれだけでは不安になってきていたんだと思います。たぶんこれからもやらなきゃいけない仕事があって、好きな趣味もいくつかあって、それでおそらく時間は目一杯になる。でもどこかに向かいたい場所がないと、自分で決めて進んでる道なのかただ流されてだけなのかわからなくなってしまうんじゃないか、と不安なのだと思います。
たぶん就職して別の社会に出ていきたいと思ったのも、そういう心理が働いた影響があるのだと感じるようになりました。性格上、仕事が生きがいにはならなそうなので、就職が決まってもそうした不安が払拭されないのかもしれません。何か自分の中に軸みたいなものが欲しいんだと思います。
一方で、人にも言われるし自分でも思いますけど、僕らしさって「らしさのなさ」なんですよ。あるいは掴みどころのなさ、とか。それのおかげで賛成・反対を問わず冷静に人の意見を聞けるという僕の長所にもなっていると思うし、むしろこのスタンスで行こうとしていたところなんですが。今度は「らしさ」が欲しくなってしまったのかもしれませんね。笑
最近悩みとか考え事とかしてなかったんですけど、久しぶりに考え込みそうです。もともとそういう人間なんで。どうこの問題をクリアするか、これからしばらくの間じっくり時間を使いたいと思います。
あ、でも論文が…。笑