3月11日。東日本大震災が発生して15年が経ちました。本当にあのような災害は2度と起きてほしくないですが、いつ、どこで発生してもおかしくないのが自然災害の恐ろしさです。今年も哀悼を捧げます。
その東日本大震災について、毎年この時期になるといつも思うことがあります。
まず「東北の震災」という言い方をされる人がとにかく多いですが、ご存知のようにこの震災は東北地方だけでなく、茨城県や千葉県といった関東地方も被災地にあたり、太平洋沿岸部は東北と同じように津波による甚大な被害を受け、亡くなられた方もかなり多いです。


オールドメディアはとにかく情報をわかりやすく伝えようと「単純化」しがちです。1月の記事にも示した「阪神大震災」という新聞社の書き方がまさにそれです。ちゃんと「淡路」と記載すべきです。
一方で、東日本大震災という名称は、東北だけでなく、北海道から関東あたりまでの東日本の広い範囲にわたって発生した災害であることから政府で閣議決定されたものです。
ただ、岩手、宮城、福島の東北3県の被害があまりにひどく、非常に多くの方が亡くなられ、行方不明者も数多く存在することから、どうしても東北地方の話題に集中しがちになるのはやむを得ないのでしょう。
だからといって、災害名に「東日本」とあるのに、茨城や千葉がまるで被災していないかのようにスルーするのは公正・公平な報道とは言えないと思います。




また、震災が発生した2011年には東北6県を持ち回りで開催する「東北六魂祭」が2周で行われ、その後「東北絆まつり」に代わっています。そこでいつも思うのですが、その東北6県に茨城県や千葉県も仲間に入れてあげて「東日本復魂祭」や「東日本絆まつり」のようにすれば、東北地方だけが被災地であるかのように受け取られることはないのにと。
東北地方の方々には非常に申し訳ないのですが、東北を一つに束ねて復興にかける思いは素晴らしいと思うのですが、茨城や千葉など関東地方の方々とも手を取り合って「一緒に震災から立ち上がろう」と、なぜやってくれないのか。東北だけで完結してしまうから、逆に他の地方の人たちに「よそで起こった出来事」のように思われてしまうのではないでしょうか。まして東京だって被災地の一つのはずです。
原発事故の影響で他の地方に避難してきた小学生が転校先でいじめにあった、福島ひいては東北というだけで差別的な扱いを受けた方々も多く、本当に許せないと憤ったものです。
よく「東北人は我慢強い」といったことを聞きますが、この言葉もかわいそうに思います。東北だろうと関東だろうと九州だろうと同じ日本人なのですから。
もしも岡田有希子ちゃんが存命なら、東日本の被災地に分け隔てなく寄り添い、復興支援に携わってくれていたでしょうし、そう信じたいですね。
